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日本に帰国する日が近づいて来た。いまだかつて感じた事もない程の密度の濃い半年間だった。
帰国する前日、倫太郎君に「一緒に日本でやろう!」と最後の説得を試みる。
今まで何度か説得した事があるがその度に倫太郎君は寂しそうな微笑を返すだけだった。
「このまま外国にいたのではいつまでたっても試合のチャンスは来ない。日本人である俺達は日本でやるのが正しい。」
すると倫太郎君はいつもの寂しげな微笑を浮かべながら訥々と語りだした。
18才の時、プロテストを受ける前のCTスキャンの検査に引っ掛かった事。
「だから僕は日本では出来ないんです・・・・・・」
想像すらしていなかった倫太郎君の言葉にしばらく二の句が継げなかった・・・・・・。
「そこまで誘ってくれるのはありがたいんですけど、こういう事情なんで・・・・・」
夜もう一度会う事を約束して部屋に戻った私は倫太郎君の今までのボクシング人生を振り返った。
世界チャンピオンに成る事だけを夢見て生きて来た18才の少年が、リングに上がる事すら許されないと知った時の絶望感。
そこから「日本で出来ないのなら外国でやろう」と決意し、一年間日払い仕事をして渡航費用を貯め不安と希望を胸にアメリカに渡った勇気と実行力。
生活費が無くなれば日本に帰国しまた日払い仕事をして再びアメリカへ、そして今メキシコで見果てぬ夢を一人孤独に追いかける倫太郎君の生き様を思い、涙した・・・・・・。
もし自分が倫太郎君の立場なら間違いなくボクシングをやめただろう。
他のボクサーより命を失う可能性が遥かに高いと知りながら、それでもリングに上がろうとする倫太郎君のその情熱と執念に圧倒され「たいした男だなぁ・・・・・・」と一人つぶやいた・・・・・・。
夜になりメキシコシティー最大の歓楽街ソナロッサへ向かう。私はメキシコ滞在中は一滴も酒を飲まないと決めていた。青く乾いたメキシコの空を眺めながら、冷たいビールが飲みたいなぁと何度も思った事があったが我慢して来た。日本での現役時代にも酒は一滴も飲まなかったが、専門学校時代に酒の味を覚えてしまった私には禁酒はかなりこたえた。しかしこの日、その禁を解いた。
メキシコで最も有名なビール「コロナ」を注文する。ライムをビンの中に押し込み二人で「サルー(乾杯)!」と言ってビンを「カチーン」と鳴らした。半年ぶりに飲むビールが体中に染み渡る。今でも忘れる事の出来ない格別のうまさだった。
朝一番の便なので翌朝4時に宿を出る事を話すと倫太郎君が見送りに来ると言う。
そして4時前にさすがに眠そうな顔だったが本当に見送りに来てくれた。
メキシコに来た時の私の持ち物はボクシング道具一式とスペイン語の辞書だけだったが、半年間のメキシコ生活とやたら物を増やす妻のお陰でダンボール5,6箱分の荷物がたまった。
これらの荷物を昨夜と今夜に分けて宿の近くの路上に寝泊りするストリートチルドレン達にあげた。
倫太郎君を連れて路上に寄り添うようにして眠る子供たちを揺り起こす。メキシコシティーの朝は薄着だと身震いする程寒い。エリック・モラレスのキャンプで買った現地の人達が着る民族衣装をあげると目を輝かせて奪い合う。
驚いた事に女の子もいた。私の男物の下着をその女の子が勢いよく取る。どこの国でも女性の方がたくましいようだ。
こんな寒い中路上に寝泊りしてかわいそうになぁと思ったが、衣・食・住が満たされながらも子供の頃から塾に通わされ陰湿ないじめに会い自殺する日本の子供達とどっちが幸せだろうか?と思った。
4時になり前日予約していたタクシーが来てクラクションを鳴らした。
倫太郎君と握手を交わす。「頑張って下さい!」私が言おうとした言葉を先に言われてすかさず「倫太郎君こそ頑張ってよ!」と返してガッチリと抱き合う。
タクシーに乗り込むとすでに行き先を告げていたので何も言わずに急発進した。慌てて後ろを振り返る。倫太郎君が真っ暗な闇の中にあっと言う間に吸い込まれていく・・・・・・。
私は急いで窓ガラスを開けると大声で「アディオース!」と叫んだ。
それまで一切無言だった無愛想な運転手が「ハハハハハ・・・・・」と声を出して笑った。
私は息を吸い込むともう一度大声で叫んだ。
「アディオース!」
さようなら倫太郎君。さようなら、メキシコ!!
完
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