ROUND 19

 再びメキシコに帰ってきた私を待っていた物は、繊大さんから告げられた試合キャンセルの報だった。

 メキシコに来てこれで三度目のキャンセルだ。冗談じゃない!と思ったが繊大さんの申し訳なさそうな顔を見て怒りは静まった。すると繊大さんがバレラの世界戦が決まったのでキャンプに参加しませんか?と言う。

 試合キャンセルの落胆は一気に吹っ飛び二つ返事で了解した。憧れのバレラのスパーリングパートナーとしてキャンプに参加出来るなんて日本にいた時は夢にも思わなかったが、ここメキシコは私にとって夢の宝庫だった。

 バレラのキャンプ参加が決まり気合は入るのだがどうも体の調子がおかしい。頭がフラフラと揺れる。バスを降りる時ふらついてバス停の隣りの木に頭をぶつけてしまった。これはヤバイとさすがに心配になった私は練習を休んだ。メキシコに来てちょうど3ヶ月が過ぎ疲れが溜まって来たようだ。

 三日程ベッドに寝ていたが立ち上がるとめまいがする。それから更に三日程が過ぎなんとか走れる様になった頃バレラのキャンプが始まった。

 みんなで車3台程に便乗し高地トルーカへと向かう。トルーカは二ヶ月前に石原英康君と共にエリック・モラレスのキャンプに参加した思い出の地だ。あの時はバスでのんびりと向かったが今回はビュンビュン飛ばしてクネクネとした山道を駆け上がる。すぐ車酔いをする私は大きく右に左にと頭を揺らされて一気に具合が悪くなった。吐き気がするがまさかバレラの車に吐く訳にもいかず延々と続く山道を眺め暗澹たる気持ちになった。

 なんとか吐かずにトルーカに着いた。繊大さんに具合が悪い事を告げるとバレラが「これを飲めば治る」と言ってアスピリンをくれた。その薬を飲みしばらくすると薬の効果かどうかわからないが頭痛はとれた。

 しかしここトルーカは相変わらず寒い。夕方バリバリバリと大粒のひょうが降って来て屋根を叩く。トルーカのどんよりと曇った空と同じく体調の悪い私の気分も暗かった。

 夜になりバレラがパジャマ姿でくつろぐ。ふとバレラのスリッパを見るとディズニーキャラクターのうさぎがピョコンと付いてた。どう見ても子供用だ。私はバレラがギャグで履いてるのだと思い指をさして大笑いしたらバレラはムッとした顔でにらんだ。周りの誰も笑わなかった・・・・・。

 早速翌朝ロードワークを始める。モラレスと走った同じコースだ。モラレスはこの一周5キロ程のコースを早歩きより少し速いぐらいのペースでのんびりと一周走った。しかしバレラは最初からガンガン飛ばし二周走る。もちろんまったく着いて行けない。着いて行こうにも体が重だるくてどうしようもなく、とっくに現役を引退した繊大さんにも置いていかれた。「モラレスの時はもっと走れたのに・・・・・・」と悔しさがにじみ出て来るが体が言う事を聞かなかった。

 やっとの思いでロードワークを終え朝食を済まし、さて昼寝でもしようかと思っているとこれからサッカーをやると言う。寒いしダルイしで冗談じゃないと思ったがサッカー好きのバレラはやる気満々だ。私だけやらない訳にはいかず渋々外に出た。モラレスの時はまったく気が付かなかったが裏庭にサッカーにおあつらえ向きのコートがあった。

 バレラは子供の頃サッカーの選手に成りたかったらしくそのボールさばきは実に見事だった。一時間程やり徒労の様な物を感じて部屋に戻るとこれから練習だと言う。メキシカン達のタフさにあきれながらジムに向かった。

 早速バレラのスパーリングが始まる。バレラのスパーリングパートナーは私以外に二人いた。一人は名前は失念したがメキシコ国内ランカー、もう一人は当時バンタム級の世界10位ブリセーニョだった。世界戦に備えてのキャンプ初日はいやでも気合が入る。それはバレラも例外ではない。相手を倒すのが目的だと言わんばかりにマウスピースをむき出しにして激しくパンチを振るう。世界ランカーがボッコボコにやられるのを見ながら「次は俺の番か・・・・・」そう思うとどんよりと気分が滅入った。

 私の番になる。バレラは挨拶も抜きにガンガン来た。ビュンビュンと飛んで来るパンチに顔を上げる事も出来ずにガードを固める。ただでさえ残り少ない体力を温存する為に私は専守防衛に徹した。

 次のラウンドもバレラは向かって来た。バレラの燃える様な目を見て「火の玉のようだ・・・・」と一瞬思った。ディフェンスに徹する私にいらついたのかバレラのパンチの振りが大きくなる。私は溜めに溜めて来た少ないながらのパワーを右の拳に乗せて、バレラが得意の左ボディーからつなぎに打って来た右に合わせた。

 拳に固い突起物がかすかに当たりそのまま後ろにスゥーっと流れて行く・・・・・・カウンターが当たった時の忘れがたい快感が私の体を貫く。

 一瞬バレラの体がクロールをして泳いでるように見えた。信じられない光景を目にしながらボクサーの本能で一歩踏み込もうとしたが、もう一つの本能がその足を止めた。

 追撃をとどめさせた物は、体力の少ない私がこれからの長いキャンプ生活を無事に送るためにはここでバレラのプライドを傷つけるのは得策ではない、という生存本能に似たような物だった。

 今でも私の拳に感触の残る快心のカウンターをもらったバレラはその後警戒してやたらには手を出さなくなった。

 なんとかスパーリングをやり終え青息吐息の私はその後の練習を全て放棄して床に座っていた。そこに練習を終えたバレラがずかずかずかっと歩いて来た。そしてまったく聞き取れない程の早口で一気にまくしたてた。すかさず隣りにいる繊大さんが「今日はいいのを一発もらったけど明日は必ずお前を倒すからな!と言っています」と通訳する。

 バレラは私が口を開くのを待たずにみんなを引き連れてジムを出て行った・・・・・・。

 これが一週間に渡る苦闘の始まりだった。


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●池田高雄(いけだたかお)
昭和44年宮崎生まれ。平成元年プロデビュー。リングネームは憧れのボクサー高橋ナオト氏にあやかり池田タカオ。B級、A級各トーナメントを制し95年にクリス・サギドの持つ東洋タイトルに挑むも判定負け。同年引退。3年半後にメキシコに渡り紆余曲折を経て妻を連れタイへ。タカオ・チュワタナの名で1年間に9戦し、2001年空位のPABA王座を現WBAスーパーバンタム級王者のソムサックと争い7ラウンドTKO負けを喫し完全引退。元日本、東洋、タイ、ともに1位。

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