ROUND 18

 もうすぐあのアレハンドロ・コブリータ・ゴンザレスに会える!そう思うと緊張と興奮で心臓の鼓動が高まった。ひょっとしたらスパーリングも出来るかも知れない。しかしそれを思うと急に興奮が冷めて来た。なぜなら今回のアメリカ旅行にはグローブどころかバンテージすら持って来ていなかったからだ。

 目前に控えたメキシコデビュー戦にはどうしても痛めた肋骨を完治させてリングに上がりたかった。その為今回は練習をやるのではなく見る事に専念すると決めていたのだ。

 
 そしていつの日か行きたいと昔から思っていたL・Aジムに到着した。中に入るとスポーツクラブの様にでかい。すると目の前でアレハンドロ・ゴンザレスがロープを飛んでいるではないか。いきなりの対面に驚いた。ビデオで何度も見た「小さなコブラ」の異名を持つ男が目の前にいる。否が応でも心臓の鼓動が高まった。

 ロープを飛び終えたゴンザレスに後輩の西脇が私の事を紹介する。するとゴンザレスが右手を差し出しその目を大きくしながら「スパーリングをやってくれ」といきなり言って来た。

 「来たか!」と思いながらも私は渋々断った。西脇の説明を聞いたゴンザレスは肩をすくめると、またトレーニングを再開し出した。ゴンザレスの練習を見つめながらこれで良かったんだと自分に言い聞かせる。しかし半年間に渡る私のメキシコ滞在においてゴンザレスとスパーリングをやらなかった事が後々までの後悔となった。

 ゴンザレスが西脇とスパーリングを始めた。私が日本で現役だった頃はまだひ弱な練習生だった西脇が、一人アメリカに住みゴンザレスと堂々とスパーリングをしている姿を見ながら年月の流れを感じた。

 L・Aジムには都合5日程いたがヘナロ・エルナンデスやデビット・カマウらに会えた。しかしただ見学だけしていると体がムズムズしてくる。しかし練習道具を持って来ていないので走る事ぐらいしか出来ない。どうせ走るなら有名なサンタモニカビーチを走ろうと言う事になり、木谷と二人でバスを乗り乗り白い砂浜を持つビーチへと向かった。

 何時間かバスに乗りサンタモニカに着いた。日差しが爽やかだ。開放感が体を包む。

 街中を散策しているとやたらに男同士の二人連れが多い。すると突如「サンタモニカはホモのメッカ」というフレーズが頭に浮かんだ。確か彼らは決まってスニーカーに半ズボンとTシャツといういでたちだという事も思い出した。すると確かに彼らホモだちはそろいもそろって同じいでたちだ。ふと私達の服装を見るとロードワーク用のスニーカーに短パン、そしてTシャツと彼らとまったく同じだった。「おい!俺達ホモだと思われてるぞ!」木谷にそう言うと「えっ!池田さん離れて下さい!」「お前こそ離れろ!」と言い合いながらお互いの声がなんとか届くぐらいの微妙な距離を保ちながらの散策となった。

 途中大きなホテルの前を歩いていると木谷が突如大声で「あっ!シュワちゃんだ!」と叫ぶ。何事かと見るとなんと本物のアーノルド・シュワルツネッガーがまだ小さな息子を抱きかかえながらボーイ達に囲まれてホテルへ入ろうとしている。木谷はどんな有名なボクサーと会っても決して写真を撮ろうとしなかったが、この時だけはどこに隠し持っていたのかカメラをサッと取り出すと、私が止めるのも聞かずにハリウッドスターへ一目散に向かって行った。私も仕方なく後を付いて行く。シュワルツネッガーの目の前に立った木谷はカメラを向けながら「ホォ、ホォトプリーズ」と言った。

 シュワルツネッガーはギロリと一瞥すると完全に無視してホテルへ入って行った。ボーイ達がニヤニヤ笑っている中私達は退散した。「もう絶対あいつの映画は観ねぇ!」と木谷は吐き捨てた。

 散々歩き回って今夜の宿を探したがどこもバカ高い。仕方なく一番安いラブホテルに泊まる事になった。フロントでベッドは二つあるか?と何度も確認した・・・・・・。

 三日程ビーチを走り回り私達は空港へと向かった。ここから木谷は日本へ、そして私は再びメキシコへと飛ぶ事になる。出発まで時間が余ったのでイスに座りだだっ広い空港を行き交う人達をぼんやりと眺めていると、なんとWBCの会長を務めるホセ・スレイマン氏がカートに荷物を載せて目の前を通り過ぎていった。あのヒッチコックばりのでっぱった腹は間違いない。私は木谷に「おい!WBCの会長のホセ・スレイマンだぞ!」と言うと「え?どこのジムの会長ですか?」と、とんちんかんな質問をする木谷をほっとき私はスレイマン氏の前に出た。

 「セニョールホセ・スレイマン?」

 「シー(そうだ)」

 私は自分が日本のボクサーだと自己紹介をする。スレイマン氏は笑顔でうなずく。その時私が車のHONDAの帽子をかぶっていたからかスレイマン氏は「私はホンダとはアミーゴだ」と話す。ホンダとはたぶん帝拳ジムの本田会長の事だろう。すると木谷がカメラを持って来たので記念写真を撮りお礼を言って別れた。

 木谷の出発する時間が来た。

 「じゃあ達者でな」

 「頑張って下さい」

 その顔に似合わない八重歯を見せて木谷が搭乗ゲートに消えて行った・・・・・・・。

 
 それから約二年後、木谷は見事日本チャンピオンと成り、引退後は小田急線の参宮橋にある昭和のたたずまいを残すオザキジムでひょうひょうとボクシング三昧の日々を送っている。


<< Round17

Round19 >>


■ ビバ!メヒコ!! By 池田高雄 ■ Back Number

ROUND 12 池田高雄拳跡集へ
ROUND 11 LAST ROUND
ROUND 10 ROUND 22
ROUND 9 ROUND 21
ROUND 8 ROUND 20
ROUND 7 ROUND 19
ROUND 6 ROUND 18
ROUND 5 ROUND 17
ROUND 4 ROUND 16
ROUND 3 ROUND 15
ROUND 2 ROUND 14
ROUND 1 ROUND 13

●池田高雄(いけだたかお)
昭和44年宮崎生まれ。平成元年プロデビュー。リングネームは憧れのボクサー高橋ナオト氏にあやかり池田タカオ。B級、A級各トーナメントを制し95年にクリス・サギドの持つ東洋タイトルに挑むも判定負け。同年引退。3年半後にメキシコに渡り紆余曲折を経て妻を連れタイへ。タカオ・チュワタナの名で1年間に9戦し、2001年空位のPABA王座を現WBAスーパーバンタム級王者のソムサックと争い7ラウンドTKO負けを喫し完全引退。元日本、東洋、タイ、ともに1位。

池田高雄「拳跡集」

TOP PAGE

Copyright (c) Talk is Cheap all rights reserved