ROUND 17

 バレラの所属するピノスアレスジムに何日か通っていると繊大さんから試合を組んでくれるとの話しがあった。

 私は喜び勇んでピノスアレスジムに練習の拠点を移す事にした。

 そして順調に試合も決まりバレラとのスパーリングも何度目かを数える頃、バレラの強烈なボディーブローで私はまたもや肋骨を痛めてしまった。

 試合前に痛恨の出来事だったが出来るだけ万全の体制で試合に望もうと私はジムワークを思い切って休む事にした。疲れも溜まって来てた頃なのでちょうどいい休養だとも思った。

 しかし試合前にけがで練習を休む事はボクサーにとって精神的には減量よりきつい。

 そんな不安と焦りが入り混じった鬱蒼とした日々を吹き飛ばすある出来事が起こった。

 その日の昼間ベッドでゴロゴロしているとプロレスラーのツバサさんが私を呼ぶ大きな声が聞こえた。何事かと思い下に降りて見るとなんと目の前に金子ジム時代の後輩の木谷卓也がいた。お互い目を大きくして「お前どうしたんだよ!」「池田さんこそこんな所でなにやってんですか!」と驚きの声を挙げた。

 木谷は私が引退する頃はまだ駆け出しの4回戦ボーイだったが、その後順調に勝ち続け日本ランキングの上位に進出していた。そして前回の試合で後に世界チャンピオンに成る徳山昌守に判定負けを喫したとの事。再起するにあたりおそらく何かを掴もうとメキシコに渡って来たのだろう。

 それならばとロマンサジムを始めピノスアレス、パンチョロサレス、ヌエボホルダンといろいろなジムに連れて行った。その中で木谷が練習を見ていて最も反応を示したボクサーが、現IBFバンタム級チャンピオンのラファエル・マルケスだった。

 メキシコのジムでは顔を合わすと「オラ〜(やぁ〜)」と軽い挨拶を交わすのが慣わしだが、ラファエル・マルケスだけはしっかりと目を見つめながら「コモエスタス?(元気かい?)」と言いながらガッチリと握手をしてくる。その紳士然とした落ち着いた雰囲気と完璧なボクシングスタイルは必ずや名チャンピオンに成るはずだと確信せずにはいられなかった。

 
 木谷のメキシコ滞在が一週間を過ぎた頃、今度はロサンゼルスへ行くと言う。その頃私はメキシコ滞在も早や三ヶ月目を迎え延長手続きをしなければならなかった。その手続きがかなり面倒だと聞いていたのでいっそメキシコを一度出て再入国すれば面倒な手続きもいらず再び三ヶ月滞在する事が出来る。かねてから一度ロサンゼルスにも行きたいと思っていたのでついでに木谷と一緒にメキシコを出る事にした。倫太郎君にその事を話すと丁度倫太郎君もビザが切れる時期だったらしくそれならばロサンゼルスにみんなで行こうという事になり、倫太郎君とは日本でも有名なLAジムで落ち合う事にした。

 しかしメキシコを出国する時に一悶着が起きた。木谷はアメリカからバスに48時間も乗るという酔狂な事をしてメキシコに来たのだが、その際メキシコに入国する時入国スタンプをもらい忘れたらしい。そうなると不法入国者となりメキシコを出国する事が出来ない。

 「ばれないでくれ・・・・・」そう祈りながら木谷の出国手続きを見守っていたが、当然の様にあっけなくばれた。

 私達は別室に呼ばれダラダラと係官に調べられた。何度も同じ様な質問をする。その度に飛行機の出発時間が気になり時計を見る。そのうち係官が今お前達は幾ら持っている?と聞いて来た。暗にワイロを要求しているようだ。余っているメキシコのペソを差し出す。すると何事も無かったかのように「走れ!乗り遅れるぞ」と言った。

 私達は荷物を持って案内係の人と一緒に汗だくになって走った。出発時間を過ぎてやっと飛行機に乗り込むと乗客全員の冷たい視線が痛かった。

 息を切らしたまま機上の人となりロサンゼルスに到着すると木谷が連絡していたらしく、ロサンゼルスの大学に留学している金子ジム時代の後輩である西脇大輔が迎えに来ていた。西脇はLAジムに通いながら勉学にいそしんでいると言う。西脇の運転する車に乗りながらLAジムの様子を聞く。するとなんと西脇は元WBCフェザー級チャンピオンのアレハンドロ・コブリータ・ゴンザレスのスパーリングパートナーを務めていると言うではないか。

 アレハンドロ・ゴンザレスがケビン・ケリーから世界タイトルを奪った試合は実に見事だった。しかしその鮮烈な試合以上に私の記憶に残っているのが、レフリーが試合を止めて勝利を決めた瞬間、ゴンザレスがガッツポーズをとりながら「ビバ!ビバメヒコ!!」と叫んだシーンだ。

 世界チャンピオンに成った瞬間「日本万歳!」と叫ぶ日本人などいないだろう。「メキシコ万歳!」と叫ぶほどメキシコという国は国民に愛されているのか?と思ったものだ。

 このコラムもあの時のゴンザレスの叫びをそのまま題名にした。

 ゴンザレスはそれ程私の記憶に残るボクサーだった。そのゴンザレスに会える。それだけでもアメリカに来た甲斐があったと、整然とした無機質な街並みを眺めながら思った。

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●池田高雄(いけだたかお)
昭和44年宮崎生まれ。平成元年プロデビュー。リングネームは憧れのボクサー高橋ナオト氏にあやかり池田タカオ。B級、A級各トーナメントを制し95年にクリス・サギドの持つ東洋タイトルに挑むも判定負け。同年引退。3年半後にメキシコに渡り紆余曲折を経て妻を連れタイへ。タカオ・チュワタナの名で1年間に9戦し、2001年空位のPABA王座を現WBAスーパーバンタム級王者のソムサックと争い7ラウンドTKO負けを喫し完全引退。元日本、東洋、タイ、ともに1位。

池田高雄「拳跡集」

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