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エリック・モラレスのキャンプから帰ってきた後、早速ロマンサジムへ行き練習を再開した。
しかし試合まで後一週間と迫ってきた頃トレーナーのフェルナンドに試合のキャンセルを告げられた。
ガックリきていると「また来月試合を組んでやる」と言われて気を取り直した。肋骨の方もまだ完治していなかったのでその方がいいと思い直した。
石原君の帰国と前後するように元気な河合さんも帰国してしまい、ロマンサジムは静かになってしまった。
そんなある日、フェルナンドから来月試合が決まった事を告げられる。そして倫太郎君も同じ日に試合をする事になった。二人の勝利を約束し合いお互い練習に励んだ。
試合まで後10日ぐらいの頃ジムに行こうとペンション・アミーゴの食堂を通ると黒板に「池田さんへ、河合さんから試合頑張って下さい!との電話がありました」とメッセージが書いてあった。
手紙で試合が決まった事を知らせたがわざわざ日本から激励の電話をくれる河合さんの優しさに感謝した。
そして肋骨も治り調整も順調に進んでいたが試合丁度一週間前にまたもやフェルナンドに試合のキャンセルを言い渡された。
これにはさすがにガックリきた。しかし倫太郎君は試合のキャンセルを何度も経験しているので「こんなもんですよ」と、サラリと言っていた。
しかし倫太郎君と違いすっかりやる気を失くした私はぶらっとバスの旅に出る事にした。
取り合えず綺麗な所らしいタスコという街へ向かった。途中クエルナバカで降りる。情報誌にクエルナバカに「紅葉」という名の日本料理屋があると書いてあったからだ。小一時間ほど歩いてやっとその「紅葉」を見つけた。席に着くと水ではなく麦茶が出てきた。これには感動した。初めて麦茶をゴクゴク飲まずに味わって飲んだ。一気に気分は日本になった。そして焼き魚定食を頼む。
久しぶりに食べる秋刀魚は最高だった。あまりにもおいしくて骨まで食べてしまった。ついでに尻尾と頭まで食べてしまい皿を下げに来た店員を驚かせてしまった。
再びバスに乗り二時間ほどで目的地タスコに着いた。街自体は小さいが「銀の町」と言われるだけあって銀製品を売る店やレストランや小奇麗なホテル等が所狭しと並びおもちゃ箱のような街だ。
途中暇そうにしている人の良さそうなお爺さんに安宿があるか聞くとわざわざ案内してくれた。
荷物を置き散歩がてら山の方へ向かった。かなり急な坂が続く。30分以上歩いていると汗だくになって来た。するといきなり夕立が来た。雨がシャワーのように心地良い。途中白地にピンクのふちどりがしてあるかわいらしい教会があった。私は雨宿りがてら教会の中に入った。
中は暗くひんやりとして誰もいなかった。その場に立っているだけで否が応でも厳粛な気持ちになる。私は近くのイスに座り初めて味わう神聖かつ厳粛な雰囲気を心ゆくまで味わった。
暫くして外に出るとすっかり雨は止んでいた。小高い丘の上にあるこの教会の外からタスコの街の全景を見渡そうとするとなんと真下に虹が出ていた。こんなに間近で観る虹は初めてだ。虹の下に雨に濡れたタスコの街が夕日に光っている。この光景を見れただけでもこの街に来た意味があったと思えるほどの美しさだった。
翌朝街中をぶらぶら歩いているとある光景に目が止まった。
それは汗だくになりながら木箱を黙々と運び続ける人達だ。
無言で働き続けるその姿を見て専門学校時代に建設現場でやっていた荷揚げ仕事を思い出した。
どうしても目の前にある木箱をこの人達と一緒に運びたくなった私は意を決して頼んでみた。
最初うまく意味が通じなかったが身振り手振りでこの荷物を持たせてくれと表現するとやっとわかってくれた。
「じゃあそれを担いで付いて来い」と言うとその人は木箱をひょいと担ぐと足早に市場の方に向かって行った。私も遅れじとその木箱を持つ。中身はマンゴーだった。見た目は小さな木箱だがギッシリとマンゴーが詰まったその箱は思いの他重かった。少し後悔の念を感じたがなんとか肩に担ぐとおぼつかない足取りで市場の中へ入った。
狭い市場の中の階段を上ったり下りたりしてその人の後姿を追う。肩に木箱が食い込む。肩が下がってきて真っ直ぐ前を向いていられない。汗が一気に噴き出してくる。「まだかよ、まだかよ」と発しながら暗い市場の中をフラフラと歩いた。
「もうダメだ・・・・・」そう思った頃木箱の山が目に入った。私がさっき頼んだ人が「そこに降ろせ」と指示をする。建設資材なら乱暴に降ろしても問題ないが果物はそうはいかない。最後の力を振り絞って慎重に肩から降ろす。降ろし終わるとなんとも言えない達成感と安堵感が体を包んだ。
自己満足に浸って帰ろうとする私にその人はポケットからお札を取り出し渡そうとする。慌てて断るとその人は不思議そうな顔をしている。
「お金が欲しくて荷物を持ったのではなく、自分を試したかったのです」そんなスペイン語を話せるはずもなくお札をまだ私に差し出そうとするその人にさよならを言って足早にその場を去る。曲がり角で後ろを振り返るとその人は先程と同じ格好でその場に立っていた。
その日メキシコシティーへ帰るバスの中でいかにもメキシコ!という感じの乾いた小さな街をみつけた私は急いでバスを降り、その街を散策しているうちに教会の隣りに安宿をみつけた。
しかしその宿は失敗だった。真夜中にもガンガンと鐘を鳴らしとてもじゃないが寝れたものではなかった。
翌日寝不足のまま三日間の小旅行を終えてペンション・アミーゴにたどり着くと、当時WBOスーパーバンタム級チャンピオンだったマルコ・アントニオ・バレラのトレーナーを務める田中繊大さんから「マルコがスパーリングを始めました」との連絡があった。
繊大さんは私が以前「バレラとスパーリングをやらして下さい」と頼んだ事をちゃんと覚えてくれていたみたいだ。
「モラレスの次はバレラだ!」抑えようの無い緊張感と興奮が体の底から湧き上がってくるのを感じた。
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