ROUND 10

 私のメキシコデビュー戦の地はメリダに決まった。メキシコの右端にあるユカタン半島の州都だ。バスだと丸一日かかる。なんでまたそんな遠い所で試合を・・・・・・と思っていたがメリダはグッティ・エスパダスJrの地元だ。たぶんグッティの試合の前座だろう。その考えを裏付ける様にこの日はグッティとスパーリングする事になった。

 グッティと同じ名前の父親は日本で防衛戦を何度もした偉大な元世界チャンピオンだ。その血を引き継ぐグッティにはどこか近寄りがたいものがあった。しかもフェザー級の現役世界ランカーでもあるグッティに対して変なライバル心もありそれまで一度も挨拶を交わした事はなかった。

 そんな私を生意気な奴だと思っていたのだろう。

 スパーリングが始まるとジャブを打つのももどかしいかのように右のロングフックをガンガン打って来た。
 しかもそれを上下に打ち分けてくる。なんとかブロックするがすべては防ぎきれない。
 
 そして突然左のわき腹に強烈な痛みを感じた。
 思わず前傾姿勢になった私にとどめを刺そうと更に激しいラッシュをかけてきた。
 
 試合でも受けた事の無いような強烈なパンチの嵐だ。
 「倒される!」真っ黒な恐怖感が頭をよぎる。
 
 貝のようにガードを閉じてなんとか凌ごうとするがわずかにあいたガードの隙間から強烈な右のアッパーが飛び込んできた。
 「ガツーン!」とアゴから脳天へ衝撃が走る。
 
 そのまま崩れ落ちそうになったがなんとか踏ん張った。
 
 このままやられてたまるか!その一念で持ちこたえた。
 
 このまま一気に倒そうとパンチの振りが大きくなったグッティのガードがあいた。
 隙の出来たアゴに渾身の左フックを放つ。
 カウンターで決まった。
 
 グッティのラッシュが止まる。
 今度はこっちの番だ。
 怒りに任せてパンチを放つ。
 グッティが一瞬弱気の表情を見せる。
 
 しかしそれは本当の一瞬だった。
 すぐさま距離を取り長くて重いジャブを打ってきた。そのジャブで私の追撃は完全に断ち切られた。

 アウトボクサーの私がアウトボクシングをされる。初めての経験だった。日本で今までやってきた事を逆に今やられている。言いようの無い屈辱を感じた。

 3ラウンドのスパーリングが終わった。

 「負けた・・・・・・・」やはり本物の世界ランカーは強くそして巧かった。ヘッドギアーをはずしアゴの痛みを味わっていると、グッティが笑顔で近づいて来た。

 そして私の左フックが当たった右のアゴをさすりながら「痛いよ」と言う。すかさず私も自分のアゴをさすりながら「俺も痛い」と言ってお互い笑った。

 当時WBCのフェザー級チャンピオンはルイシト・エスピノサで、1位がメキシコのセサール・ソト、2位が今岡、3位がグッティだった。

 私は日本にいるかつての対戦者に伝えたかった。

 「今岡よ、世界の壁はとてつもなくぶ厚いぞ」

 
 その後グッティとスパーリングをする機会はなかったが、ジムで顔を会わせると日本式にペコリと頭を下げて挨拶をしてくれるようになった。

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●池田高雄(いけだたかお)
昭和44年宮崎生まれ。平成元年プロデビュー。リングネームは憧れのボクサー高橋ナオト氏にあやかり池田タカオ。B級、A級各トーナメントを制し95年にクリス・サギドの持つ東洋タイトルに挑むも判定負け。同年引退。3年半後にメキシコに渡り紆余曲折を経て妻を連れタイへ。タカオ・チュワタナの名で1年間に9戦し、2001年空位のPABA王座を現WBAスーパーバンタム級王者のソムサックと争い7ラウンドTKO負けを喫し完全引退。元日本、東洋、タイ、ともに1位。

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