ROUND 7

 いろんなタイプの相手とスパーリングがしたくていつもより遅い昼過ぎの時間帯に練習に行ってみることにした。

 しかしその時間帯は人も少なくみんな静かに練習していた。とりあえずじっくり練習するぶんにはよさそうだ。ふと見ると奥の方で静かにバンテージを巻いてる青年がいた。その顔立ちと居住まいは一見して日本人とわかった。「こんにちは」そう告げるとその青年は顔を上げ、にっこりと笑って「池田タカオさんですよね、試合見た事ありますよ」と言われて驚いた。それが彼、山口倫太郎君との始めての出会いだった。

 倫太郎君はボクシングのメッカであるラスベガスに一年程滞在しその地で試合も経験していた。そして新たな刺激と相手を求めここメキシコに南下し早や半年が過ぎたとの事だった。

 河合さんといい倫太郎君といい日本のジムにいれば決して知り合う事のないような規格外のアウトローな生き方をしているボクサー達がいる事を改めて知った。

 しかも倫太郎君は以前私がボクシングマガジンの取材でインタビュアーでスポーツライターの二宮清純氏にヘルマン・ヘッセの「春の嵐」を勧める下りを読みヘッセの作品を全て読んだとの事。
 「僕はシッダールタが好きなんです」メキシコのボクシングジムにはおよそ不釣合いな会話をしながら、これは素晴らしい男に出会えたと思った。

 そしてメキシコに来て以来何度もキャンセルされ続けて来た試合が来週に迫ってると聞き、ぜひその試合に同行させて欲しいと頼むと「いいですよ」とあっさり了解してくれた。

 練習を始めた倫太郎君を見て驚いた。私が長年目指して来たスイッチヒッターだったからだ。右と左の構えを交互に難なくこなすそのセンスに感嘆した。
 そしてトレーナーを務めているのがなんと以前協栄ジムに所属していた元世界ランカーのハビエル・レオンだった。
 ふっくらとした体にふさわしく落ち着いた低い声で指示を送っている。英語の話せるハビエルとアメリカ滞在の長い倫太郎君はお互いの意志の疎通を英語ではかっていた。早速私はハビエルに握手を求める。私が四回戦ボーイだった頃、後楽園ホールでハビエルの試合を見てその技巧と風貌にまだ見ぬ遠いメキシコへ思いを馳せたものだった・・・・・・。
 
 
 練習を終えた倫太郎君と途中まで一緒に帰り駅の近くで別れた。紫色の桜の木々の中に消えて行くその後姿は、散りゆく桜と相まってなぜかはかなさを感じさせた・・・・・。

 
 試合の前日。翌日早朝に決戦の地プエブラに出発するとの事で、この日はジムの近くに住むハビエルの家に泊まる事になった。
 
 夜になると近くの空き地にどこからともなく人が現れる。子供から大人まで、女性も混じっている。かなりの数になると二手に分かれてサッカーが始まった。私は草むらに横になってその光景を眺める。オレンジ色の街灯に照らされるその空間は実に平和で美しかった。

 外国人の私が珍しいのか子供たちが集まって来た。みんな目をキラキラさせて実に笑顔がかわいい。やはり子供はこうでなくちゃなと思っていると、突如目の前に現れた女性にバケツ一杯の水をぶっかけられた。
 「な、なんだー」思わず日本語が出た。周りの子供たちが大笑いしている。かけた女性も笑っている。そしてそれを合図にしたかのように水の掛け合いが始まった。サッカーどころではない。おのおのがバケツを持ち出し嬌声をあげながら水を掛け合う。ここでは毎晩こんな事をするのか?とカルチャーショックを受けた。あとで知ったがこの日は年に一度の水掛け祭りの前夜祭だった。

 一時間ほどたっただろうかみんなずぶ濡れになりながら楽しそうに家に帰って行く。私は周りにいる4,5人ほどの子供たちを引き連れて近所にある駄菓子屋に向かった。両手いっぱいにお菓子を買いそれを子供たちに渡そうとするが遠慮してみんな首を横に振る。それでも強引に渡すとみんな飛びっきりの笑顔で「グラシアス!」と言ってくれた。
 オレンジ色の街灯の下、子供たちとわいわい騒ぎながら家路に向かう。そこには今の日本が失った古き良き時代を感じさせる郷愁に似たようなものがあった。

 私がそんな体験をしている間、倫太郎君は一人ハビエルの家で孤独な時間を過ごしていた。ハビエルが深夜にフリオセサールチャベスのノンタイトル戦をやると言うので眠い目をこすって起きて待つ。メキシコに来て以来毎晩9時には寝ていたので試合が始まった時には半分寝ていた。

 翌朝5時に起こされた。メキシコシティーの早朝は意外と冷える。震えるその足でジムに向かう。真っ暗なジムの中に入ると床に人が毛布にくるまって転がっている。よく見ると何人もいる。よくこんな所で眠れるものだと感心していると、先に目が覚めた者がまだ寝ている者のお尻を楽しそうに蹴る。メキシカンは朝から陽気だった。

 朝からハイテンションな7,8名ほどの一行はバスターミナルへと向かう。ここから試合地のプエブラまで2時間の道のりだ。バスに乗り込むと我先に後ろの席を取り合うメキシカン達を尻目に彼らと離れた静かな場所に倫太郎君と二人で座った。

 「いざ、プエブラ!」そんな心境だったが後ろからやたらと紙くず等が飛んで来る。後ろを振り返るとジムの連中がニヤニヤしながらそ知らぬ顔をしている。試合前の倫太郎君にも情け容赦なく飛んで来る。その度に文句を言うが彼らはそれがおもしろいらしく飽きもせず繰り返す。試合前の選手にこんな事をするなんて日本では考えられない事だが、外国で闘うという事は結局こういう事なのかもしれない。われ関せずでずっと車窓を眺め続けている倫太郎君の横顔を見ながら、ここまでの彼の道のりを思い尊敬の念を抱いた。

 決戦の地プエブラに着く。メキシコの古都と呼ばれているだけあってメキシコシティーにはない落ち着きが街全体にあった。
 この街出身で今日の試合のメインに登場するスルドーの家に一行は向かった。スルドーは私がメキシコに来た最初の頃何度もスパーリングをしたサウスポーのあのボクサーだ。
 スルドーと言う名前は本名ではなくニックネームだ。その意味を聞いて笑った。意味はサウスポー。そのままだった。

 ボクシングの話しをしながら歩いているとつい無意識にシャドーをやってしまうのは万国共通のボクサーの習性らしい。一人素晴らしくコンパクトなパンチを連打する男がいた。始めて見る彼に名前を聞くとのちに世界を二階級制覇するヘスス・チャベスだった。当時彼は北米チャンピオンだったが、キラキラ光る瞳の奥に秘めたる意志の強さを感じた。

 スルドーの家に着くとスルドーのお母さんが料理をふるまってくれた。初めて食べるメキシコの家庭料理はにぎやかな雰囲気と相まって実に暖かで優しい味だった。

 12時に計量だと言うのでトラックの荷台に乗り会場に向かった。荷台で揺られながらプエブラの澄み切った青空を見上げる。
 「メキシコに来て良かったなぁ」とまた思った。

 試合は屋外でやるらしく広場にリングが設置されていた。しかしそのリングに何十人もの子供たちが上がってプロレスごっこをしている。私はリングの状態を見るために子供たちに混じってリングに上がった。驚いた事にそのリングは所々デコボコしていた。試しにステップを踏んでみたが非常に柔らかい。足を使って相手をさばく展開は望めそうになかった。しかし敵地で闘う倫太郎君にはもとより足を使うつもりは無いかもしれないが・・・・・・。
 そんな事を考えながらステップを踏んでると子供たちが物珍しそうな顔をして寄ってきた。笑いながら私にパンチを打ってくる。未来のチャンピオン達にワンツーの打ち方を教えた。これもまた楽しいひと時だった。

 計量を無事終えた倫太郎君達と再びトラックの荷台に乗りスルドーの家に戻る。やっと食事が出来るとホッとする倫太郎君を待ち構えていたものはバケツを手にニヤニヤしているジムの連中だった。
 いっせいに水掛けが始まった。あっという間に私も倫太郎君もパンツも財布もびしょぬれになった。こっちも負けじとやり返すが多勢に無勢だった。倫太郎君はあきれ顔で笑っていた。

 昼間はスルドーの家にある洞窟のようなサウナに入ったり昼寝をしたりしてそれぞれの時間を過ごす。倫太郎君とスルドーは別室にこもり嵐の前の静けさを味わっていた。

 夕方になる。プエブラの空がオレンジ色に染まっていた。
 部屋を出てきた倫太郎君の顔にはハッキリとした決意が感じられた。バッグを持つ私に「ありがとうございます」と言ったのを最後に控え室までお互い言葉は交わさなかった。

 バスに乗り込み試合場へ向かう。オレンジ色の空が濃い茜色へと変わって行く。その風景がメキシコの古都に相まってまるでおとぎ話の世界にいるような気がした。

 会場に着くと驚く程の人だかりが出来ている。通りにはたくさんの屋台が出ておりまるで町中の人たちが集まってきたような賑わいだった。「これは凄い舞台だぞ」その雰囲気に圧倒されおとぎ話の世界から一気に現実の世界に引き戻された。

 倉庫のような控え室に入る。どんな国でもそれが例えどんな場所であっても試合前の控え室には身が引き締まるような緊張感が漂う。

 倫太郎君が一人で巻いたバンテージの上からハビエルがテーピングをしていく。ボクサーとトレーナーがその思いを一つにして行くその静かな儀式は私がボクサーを最も美しいと感じる瞬間でもある。

 前座では中学生ぐらいの子供たちが真剣勝負の試合を繰り広げていた。凄い盛り上がりようだった。子供の頃からこんな経験を積んで行ってメキシコのボクサーたちは強くなっていくのだろう。

 いよいよ倫太郎君の出番が来た。
 
 ハビエルが「リンタロウ、レッツゴー」と低い声をかける。
 
 倫太郎君は黙ってうなずいた。
 
 ハビエルが人波をかきわけながら先頭を行く。
 
 メキシコの熱い夕陽を背に受けた倫太郎君が、自らのボクシング人生を賭けたリングへと向かって行った・・・・・・・。

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●池田高雄(いけだたかお)
昭和44年宮崎生まれ。平成元年プロデビュー。リングネームは憧れのボクサー高橋ナオト氏にあやかり池田タカオ。B級、A級各トーナメントを制し95年にクリス・サギドの持つ東洋タイトルに挑むも判定負け。同年引退。3年半後にメキシコに渡り紆余曲折を経て妻を連れタイへ。タカオ・チュワタナの名で1年間に9戦し、2001年空位のPABA王座を現WBAスーパーバンタム級1位のソムサックと争い7ラウンドTKO負けを喫し完全引退。元日本、東洋、タイ、ともに1位。

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