ROUND 4

 「ホワーイ!シックスマーンス!!」
 目の前の無愛想な係官が大げさなジェスチャー入りで叫ぶ。
 成田を出た私はロサンゼルスのイミグレーションで引っ掛かった。
 
 私は最長6ヶ月の観光ビザを取得していた。係官にメキシコ滞在の理由を聞かれたので英会話ブックで覚えた「サイトシーング(観光)」と答えたら冒頭の発言になった。

 係官は「ホワーイ!シックスマンス!」と飽きずに繰り返す。
 それに答える術は英会話の本には書いてなかった。

 しかし滞在するのはメキシコでありアメリカはただ通過するだけなのになぜいちゃもんを付けられなくてはならないのか?
 そういえばメキシコ大使館でビザを申請した時も別室に呼ばれいろいろと調べられた。
 自分の人相を呪った。

 日系人っぽいその係官は「ノー」と言いながら首を横に振り続けている。ここまで来てメキシコに入国出来ないなんて冗談じゃない。

 私はファイティングポーズをとりながら「アイアムボクサー、ファイトインメキシコ!」と必死に繰り返した。

 するとその係官は「ホォー」とつぶやくと、「オーケー!」の言葉と同時に私のパスポートに通過許可のスタンプがポーンと押された。

 夕刻メキシコのベニートフアレス空港に降り立った。
 心配していたイミグレーションはほぼフリーパスだった。
 税関を出ると客待ちや迎えの人たちの熱気に圧倒された。早くもメキシカンパワーを感じる。感慨にふけっている暇もなく地下鉄に乗り込みメキシコシティーの中心地ソカロへと向かった。
 
 ガイドブックにソカロでは日没に合わせ巨大なメキシコ国旗を下ろすセレモニーがあると書いてあり、どうしてもメキシコに着いた初日にそれをこの目で見たかった。
 
 何度か地下鉄を乗り継ぎ日没前になんとかソカロ駅にたどり着いた。
 地上に出るとトウモロコシを蒸したようなえもいえぬ匂いが鼻を付く。人、人、人だ。渋谷の交差点並みの人の波が延々と続いている。

 その波に飲まれはたまた逆流しながらメキシコ国旗を探す。
 日が沈んで来た。もうどこを歩いているのかもわからない。
 「ダメかぁ」そう落胆しかけてふと横を見ると、見えた!
 遠くにまぎれもないメキシコ国旗が風になびいている。
 走りに走り厳かに進行しているそのセレモニーの巨大な人の輪に加わる。
 全員が胸に手を置きメキシコ国歌を歌っている。勇壮な歌声と熱い夕陽を受けながらメキシコ国旗が静かに降りていく。
 
 「メキシコに来たなぁ」しみじみと思う。
 
 夕陽が目にしみた。  

 セレモニーが終わった。日が完全に沈む前に今夜の宿を探さなければならない。安宿を何件かあたるが値段交渉の時相手の言葉がうまく聞き取れない。そのうち怪しまれてドアを閉められる。何度かそんな事をやっているうちにやっと宿にありついた。

 翌朝早速ジム探しに出かける。目的のジムはローマン・サラゴサジム。ヒルベルト・ローマンやダニエル・サラゴサ等名チャンピオンを輩出した有名なジムだ。しかし場所がわからない。ただ当てはあった。日本にいた時何気なくメキシコシティーの地図を眺めているとイグナシオ・サラゴサストリートという道を発見した。会長であるイグナシオ・ベリスタイン氏と代表選手であるダニエル・サラゴサから名前を拝借した通りの名に違いない、さすがボクシング王国メキシコだ。そう結論していた私はまたもや地下鉄を乗り継ぎ目的のストリートへ向かった。

 駅に着くと屋台に入りオレンジジュースを頼んだ。メキシコに着いたら必ず飲もうと決めていたその絞りたてのオレンジジュースは空っぽの胃袋にごっくりと染み込んだ。

 通りに出てそれらしき建物を探すがどれも同じような家ばかりで埒が明かない。探し疲れて道行く人に「ボクシングジム知ってますか?」とたずねる。「住所は?」と聞かれ「わからない」と答えるとみんな首をすくめてそれで終わりだった。

 昼間になると日差しが痛い。人もまばらになる。さっき飲んだオレンジジュースはすべて汗と消えた。

 道端の木陰に座り空を見上げると紫色の花が咲き乱れていた。
 まるで桜だ。紫色の桜は不思議な感覚だった。

 ひょっとしたらこのイグナシオ・サラゴサ通りは間違いかも?と思い始め再び途方に暮れた。

 その時専門学校時代に読んだ日本人宿の事を思い出した。あそこに行けば何か情報があるかもしれない。そしてその宿ペンションアミーゴを目指した。

 一時間程かかりたどり着いた。早速メキシコシティーの地図と電話帳があるか尋ねると「何に使うの?」と当然のごとく聞かれボクシングジムを探している事を伝えると、後ろから「なんてジム?」と声がかかった。ローマンサラゴサジムの名を言うと「あぁそこなら俺が通ってるから明日連れて行ってあげるよ」との事。私は飛び上がらんばかりに喜ぶと一気に力が抜けていった。 

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