ROUND 3

 東京へと向かう機中で遠いメキシコへ想いを馳せた。
 ボクシング王国メキシコ・・・・・チャベス、ロペス、モラレス、バレラ・・・。そんな怪物たちがいる国、遥かなる大地メキシコ。

 このままメキシコへ飛んで行きたい。そんなはやる気持ちとは裏腹に心に重く引っ掛かる事があった。
 
 それは、またボクシングを始めるという事は、金山さんが死をもって教えてくれた真実を無駄にする事になるのではないか?という疑問だ。

 いくら考えても答えの出ない問題を抱えサヨ子の待つ横浜のアパートに戻った。
 アパートの部屋に帰り着くと、机の上にマッサージの専門学校からの合格通知が置いてあった。二ヶ月前に入学試験を受けた事を思い出す。入学金だけで百万円以上かかる事を知り、試験を受ける事をためらった。そんな大金はどこにもない。
 しかし母親が言った。「あんたが本当にやりたいなら私が借金してでも出すよ」
 私が小学生の時に離婚し、それから女手一つで私と妹を育ててくれた母親に楽な生活をさせたい、子供心にそう思ってボクシングを始めたのに、楽な生活どころか心配のかけどおしでその上借金までさせる、なんて自分は親不孝者なんだろう・・・そう自分を責めた。
 しかしボクシングをやめて新たな道に進もうとしている私を見てほっとしているようでもあった。

 そんな母の姿を思い出し、金山さんの死の意味を思うと簡単にまたボクシングを始める事は出来なかった。しかしまたあの終わりのない暗いトンネルにだけは戻りたくない・・・・・。
 
 専門学校に行くという事は三年間の長き時間を拘束する事になる。
 すでに26才というボクサーにとって一番いい時期を過ぎようとしてる今、これからの一年一年は非常に貴重な時間だ。全盛期を過ぎたらいくら足掻いてもいくら後悔してももう戻る事は出来ない。

 三年間耐えられるだろうか?そう自分に問う。

 
 いや、耐えなければならない。三年間耐えて、それでもボクシングへの情熱が消えていなかったら、まだメキシコへの熱い想いが残っていたら、その時は堂々とメキシコに行こう。金山さんも笑顔で見送ってくれるはずだ。そう自分は答えた。 

 しかしただメキシコに行って試合をするだけじゃ意味がない。勝ち続けなければならない。 3年後確実に自分の力は落ちている。それをどうやって補うか?
 
 肉体的な衰えを戦略でカバーするしかない。
 当時読んでいた宮本武蔵をボクサーに置き換える。
 武蔵が無敵だった戦術的な理由は二刀流にあるはず、ボクサーにとって二刀流とはスイッチヒッターを意味する。
 3年あればサウスポースタイルを覚えるはず。
 こうして自分の進む道が決まった。

 その春、高校以来8年ぶりの学校生活が始まった。
 早朝、前日に録音しておいたNHKラジオのスペイン語講座を聞く。
 知り合いなど誰もいないメキシコで生活して行くにはスペイン語はどうしても必要だ。
 ラジオ講座を聞き終わると建築現場へと向かう。
 日雇いの荷揚げ仕事だ。材木やセメント等重い建築資材をひたすら運び続ける。
 メキシコに行くまでの三年間で最も危惧していた事は緊張感を失う事だった。
 ある程度危険の伴う現場仕事なら精神が弛緩する事もなくその上筋トレにもなると思った。

 ジムには、通わなかった。またボクシングをやろうとしている事を誰にも知られたくはなかった。

 仕事が終わり学校へと向かい6時から9時まで授業を受ける。途中抜け出し屋上でシャドーをする。
 ロープも張ってなく柔らかなキャンバスもないその屋上は私だけのリングだった。
 はるか遠くに見える羽田空港に降り立つ色とりどりのライトを着けた飛行機がゆっくりと流れる星のように見えた・・・・・。
 
 10時過ぎにアパートに帰り着くとそのままロードワークに向かう。近所のグラウンドをイヤになるまで走る。その後サンドバッグ代わりにサッカーのゴールポストをパンチンググローブを付けてゆっくりと確実に殴る。「ゴーン、ゴーン」と鈍い音が真夜中のグラウンドに暗く鳴り響いていた。

 そんな生活を送る間に今岡は東洋チャンピオンになり、ルイシト・エスピノサが世界チャンピオンの座についていた。

 今岡との試合を約一ヶ月後に控えてた頃、エスピノサとの試合の話しが来ている事をジム側から聞かされた。条件は今岡に勝つ事。
 エスピノサの世界前哨戦の相手に選ばれたようだ。
 絶妙なマッチメークをするジョー小泉氏に感嘆した後、二つ返事で了解した。冷静に考えても勝つ見込みは少ない。しかしエスピノサなら私のポテンシャルを全て引き出してくれそうな気がした。
 そもそもボクシングに限り売られた喧嘩は全て買うのが私の信条だった。
 
 結局エスピノサとの試合は実現しなかったが、世界チャンピオンになった姿を見て複雑だった。もし俺が闘っていたら・・・・・。
 そう思うといてもたってもいられず苦しくなり、ひたすら夜のグラウンドを走りゴールポストを殴り続ける事でその思いを鎮めた。
 
 今岡の試合は絶対見ないようにしていた。もし見たらもう自分を抑える事が出来ないとわかっていた。
 東洋タイトルを確実に防衛し世界ランキングを駆け上がって行く今岡。それに比べて今の俺はなんだ・・・・・。
 こんな生活を続けてて本当にメキシコに行けるのか?
 俺のボクシング人生はこのまま終わってしまうのか?
 そんな疑念と焦りが次から次へと沸き起こってくる。
 
 いや、アリだって徴兵拒否で3年間ボクシングが出来なかった。
 レナードだって網膜剥離で3年以上の空白期間がある。
 偉大なボクサーたちと比べるのはおこがましいがそう思う事でなんとか自分をだまし続けた。

 メキシコに旅立つその日を夢見スペイン語を勉強し、現場で荷材を担ぎ、学校に行きシャドーをし、グラウンドを走りゴールポストを殴りその日その日をしのいだ。

 
 そして1999年、狂おしく長かった雌伏の三年間が終わった。

 ボクシングへの情熱が薄らぐ事など一日たりとも存在しえなかった。 
 
 私は卒業式の翌日、約束の地メキシコへ旅立った。

 桜はまだ、蕾にすらなっていなかった・・・・・。 

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