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引退して私が最初に取りかかった事はボクシングに代わる新たな目標を探す事だった。
早く何かを見つけないと自分が崩れてしまう。そんな気がした。
新たな目標は意外と早く見つかった。
18の時、拳の治療で通った治療院の風景。誰も使わず、誰にも使われず、一人黙々と治療をするその先生の姿が目に眩しかった。
今までは人を殴り傷つけて生きてきた。だからこれからは人を治して生きていこう。そう思った。
ボクシングをやめてすでに3ヶ月が過ぎていた。
その頃から現役時代には一滴も飲まなかったアルコールを口にしだした。
手っ取り早く始めたパチンコ屋の仕事を終え深夜に帰宅し、芋焼酎を飲む。子供の頃見た田舎の風景が目に浮かぶ。あの頃から見ていた夢はもう終わった・・・・・。そう思うとなぜか涙があふれ出てくる。
女の前では涙を見せない、そんな当たり前の事が出来ず、毎晩サヨ子と二人泣きながら暗い夜を過ごし続けた。
そして、そんな生活を何ヶ月か過ごした頃、私は崩れた・・・・・。
すべてがいやになった。仕事も、新たな夢も、今の生活も、自分自身も、そしてサヨ子さえも・・・・・。
田舎の母親に泣きながら電話した。「もうダメだ・・・・・」
それを見ていたサヨ子が言った。「高雄さん、もう・・・宮崎に帰った方がいいよ・・・・・」
その日の夕方一人羽田から宮崎へと発った。仕事も夢も女もすべて捨てた。羽田でサヨ子は泣いてたが私はもう泣けなかった。
東京に来る事はもう二度とないだろう。そしてサヨ子に会うことも・・・・・。
宮崎空港に降り立ち見慣れたフェニックスの並木道を見たら突然涙があふれて来た。一体どれだけ泣けば俺は立ち直れるのか・・・・・。
目の前に延々と続くフェニックスの並木道のように終わりが見えなかった。
実家に帰ると一日中庭でただ犬を見ていた。
こんなに俺は弱い男だったのか?
夢を失うとこんなに脆くなるのか?
今の情けない自分の姿が許せなかった。
しかしどうする事もできない。
なんの悩みもなくただ寝ているだけの犬が羨ましかった。
自分が死んでサヨ子や母や妹を悲しませたくないと思いボクシングをやめたはずなのに、サヨ子を見捨て夢を捨て結局今の自分は男として死んだも同然じゃないのか?
どうせ死んだも同じなら、好きな事をやった方がいいのではないか?
しかしまたあのジムに戻り、またあのリングに上がることはどうしても想像出来なかった。
そんな自問自答を繰り返し10日程が過ぎた頃、別れたサヨ子から電話があった。
「どう?」
「ダメだ・・・」
「そう・・・」
しばらくの沈黙の後、サヨ子は意を決したように話しだした。
「高雄さんはボクシングをやめようやめようって思うからそんなに苦しいんじゃないの?そんなに苦しいんだったらまたボクシングをやればいいじゃない!」
「もうあのジムには戻りたくない・・・・・」
「じゃあ移籍すればいいじゃない」
「そんな簡単に移籍なんかできないんだよ・・・・・」
「じゃあメキシコに行けばいいじゃない!昔メキシコに行きたいって言ってたでしょ?だからメキシコでもう一度ボクシングをやればいいじゃない!」
3年前の初デート。その時たった一度だけ語ったはかない夢をサヨ子は覚えていた。
「メキシコ・・・・・」そうつぶやくと目の前の暗く重い霧が晴れて行く気がした。
「メキシコに行くお金は私が働いて貯めるから!高雄さんはボクシングの練習だけしてればいいから!」
受話器を持つ手が震えた・・・・・。
「メキシコに行くぞ」声を絞り出しそう言って電話を切ると、私は再び東京へと向かった・・・・・。
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