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拍子木の音が合図だった。挑戦者はそう振り返る。
「あと10秒じゃねえか。もう行ったれ。なんてことねえだろ。練習でいつも、ラスト30秒連打してるじゃねえか。なにビビってんだよ」
そんな思いが、ほんの一瞬の間に脳裏を駆け巡り、身体が反応した。が、その刹那、豪腕で鳴らすチャンピオンの左フックが、挑戦者の細いアゴを撃ちぬく。そして、まるで突然、現実に引き戻されたかのように挑戦者の全身が硬直し、ヒザが折れ、目指す場所に向かい一歩一歩、彼が着実に刻み続けていたはずの時が、止まった。2006年9月19日、後楽園ホールで行われた日本ウェルター級タイトルマッチの行方は、事実上、第8ラウンド終了間際のこの一発の左フックが決した。
「ボコボコにもらってしまいましたね。負けちゃうんじゃないかって思った瞬間もあったし、8ラウンドは止められるんじゃないかと思って」とはチャンピオン・大曲輝斉(ヨネクラ)の試合後の回想。分岐点となったその瞬間を迎える寸前まで、追い込まれていたのは間違いなく大曲のほうだった。
「大曲さんが弱気な表情を見せたので、これは行かなきゃ」と挑戦者・新井恵一(高崎)が思ったのは、彼の記憶によれば第8ラウンド前半のこと。「連打してきた大曲さんがもういいやって感じになったんですよね。もう疲れたみたいな感じで」。そして、ラウンド中盤辺りから完全にペースを掌握した新井は終了30秒前、放つコンビネーションの、そのことごとくを的確に当て、大曲をロープ際に追い詰めて行く。パンチを返すでもかわすでもなく、諦めたように後退する大曲に逆転の一発を狙う余裕などは、恐らくなかった。なすすべなくパンチを浴び続ける大曲。もうあと少しでレフェリーが試合をストップする。そう思われた次の瞬間だった。新井は手を止め、ステップバックしてしまう。
「そう。あそこなんですよ。ビビリ屋が出ちゃったんですよね。まだあと2ラウンドあると、スタミナを考えてしまって……」
ラウンド終了10秒前を告げる拍子木が打ち鳴らされるのは、その直後である。
「カッとなって、自分の弱い面、気の短いところが最後の最後で出てしまって」
残り時間を考えても、行くべきところで一度引いてしまったのなら、ポイントアウトする道を選択するべきだったのかもしれない。
試合前、自分を「臆病」「日本一自信のない日本ランカー」と言って憚らなかった新井は、10連続KOを続ける強打のチャンピオンに対し、戦々恐々の様子だった。下馬評でも王者の圧倒的優位が伝えられる。だが、恐怖心と真っ向から向き合い闘い続けながら、直前に親友の弟の通夜に立ち会い開き直って、この日を迎えた男は早々に、確かな手応えを掴む。どんなものかと恐れていた“日本一のパンチ”も「ガードを固めていれば大丈夫」だった。コンディションも絶好調。第1ラウンドで自信を持った新井は直後のインターバルに、青コーナーでこう告げている。
「今日はいけます。これもう勝てますよ」
重心を低く、しっかりとガードを固めながら、強打の間隙を縫うように接近。距離を殺しておいて、クリーンヒットをこつこつ重ねると、深追いせずにステップアウトする。パンチをもらわないことをベースにしたその戦いぶりに派手さはないものの、堅実にかつ着実にポイントを積み重ねていった。第4ラウンドと第6ラウンドには、まともに大曲の強打を食らい、足元が定まらず、意識が飛びそうになる場面もあったが、高い集中を保ち続け乗り越えた。いつもは勇を鼓すために無意識のうちに出てしまうという、ガードを下げ手招きして誘うポーズや効いてないというポーズも、「『来い』ってやると必ず打ってきたから、打たせて疲れさせてやろうと思って、意識して使いました」というほどの余裕もあった。つまりは冷静に自分を制御できていた。あの一瞬までは。
8ラウンドこそダウンを免れ、ゴングに救われたものの、1分間のインターバルで回復できるほどのダメージではなかった。第9ラウンド、言うことを聞いてくれない両の足を踏ん張り、チャンピオンに立ち向かった挑戦者はなすすべなく、大曲の的確とも見えなかった連打の圧力に耐えかねたかのように、脆くもマットにうつ伏せに崩れ落ちることになる。覚束ない足取りでつんのめりながら、それでも立ち上がった新井だったが第9ラウンド38秒カウントアウト。ひとつひとつ丁寧に積み重ねてきたものが、一瞬にして吹っ飛ばされ、無に帰してしまった。ボクシングの怖さ、醍醐味といった言葉だけで片付けてしまうには、あまりにも残酷な大逆転劇。それを演出したのは、ただ一発の左フックである。
試合後、記者陣からの「最後は狙っていたのか」との問いに導かれるように、「打たせておいたら、右を強く打ってくるので、そこを狙ってはいた」と大曲は振り返ったが、果たしてあの状況でもその余裕があったのかどうかは疑問である。だが単なるラッキーパンチであったとも、たまたま運が悪かっただけとも、新井は決して捉えない。
「全ては自分に何かが足りなかったから。偶然なんてありえない。全部、必然の結果です。もう吸い込まれるようにあの状況になりましたから……」
あの日本一の座を目前にした第8ラウンド終盤に突きつけられた、行けなかった自分と、行ってしまった自分。勝負の趨勢を決したその理由を、己の精神面の弱さに求め、不器用で真っ直ぐなこの男は、足りなかった何かを探して自分との格闘を続けている。

新井は群馬県多野郡新町、現在の高崎市新町の出身。タイトルマッチの2日後に30歳の誕生日を迎えた。王者の強打を食らった肋骨の痛みは約1か月間続いたが、その痛みにも増して、区切りのときを目前に、人生の全てを賭けて臨んだ大一番のリングを、劇的な逆転KOの敗者として降りなければならなかった心の傷のほうが深かった。
「あそこまで行けて、なんであの結果で終わったのか……。終わった直後は、行動に移すとこまではいかなかったけど、本気で俺なんか死んだほうがいいんじゃねえのか、なんて考えてました」
試合前までの練習の1日1日、そのひとつひとつを遡ってチェックし直す。目一杯まで、ぶっ倒れるまでやろうと決めた日に「この辺でいいか」で終わらせてしまったことが1回か2回あったことに思い当たる。思いはまた第9ラウンドにも及んだ。確かに足にはきていたが、ひたすらクリンチするとか足を使うとか、あの状況からでもできることが、何かあったのではないか。苦悩の時期は1か月以上にもわたったが、行き着くところはいつも、新井の言う「自分の弱さ」だった。
新井は普段、家族で切り盛りしている地元の食堂で働いている。注文を受けた料理を届ける出前持ちが、新井の仕事だ。
「自分は気が短いところがあって、すぐカッと熱くなってしまうんです。そういう部分を直そうと、ずっとやってきたつもりだったんですけど、まだまだだったんでしょうね。うちの家族は相当、口が悪くて、かなりきついことを言われるんです。あ、腹ん中は別ですよ。で、食堂なんかで、かあちゃんとか、ばあちゃんになんか言われても、すぐカチンときちゃって、言い合いになるんですよ。言ってることを受け止めちゃうというか。流せないんですよね。相手に悪い気がして。友だちに対しても、『なんでそんな風に考えんだよ。もっとこう考えてこうしろよ』とか、おせっかいで直そうとしちゃうところがあるんです。特に家族は近いぶん余計ですよね。でもこれからは、なんか言われても動じないように、冷静でいられるように心掛けていこうかなって。そういう普段の自分の弱さが出たのかもしれないと思うんで」
そう思い至ったときから、新井はそれを実践する。どんなごまかしも通用しない。普段の自分の姿がそのまま現れてしまうのがリングの上なのだと。
「今はもう、ばあちゃんにはそういう感情は起こらなくなりましたね。全く。なに言われても。そういう考え方もあるよなとか、消化できるようになりました。人は人だと。だけど、まだ強敵がひとりいますからね(笑)。前までに比べたら少しはマシになったけど、まだちょっと難敵っすね。これクリアできればチャンピオンなんじゃねえかっていう(笑)」
物心つく前に両親が離婚。そこには育てられてきた母への複雑な思いもあった。
「まあ、かあちゃんとの歴史なんで、自分の場合は。良くも悪くも。もちろん愛情もあるし、憎しみもあるし。本当にもう両極端なんで」
そして、新井は続ける。
「でも、かあちゃんがいたからこそ、今のボクサーとしての自分がいると言っても過言ではないですから」
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