写心 山口裕朗

Vol.2



 横尾真樹は完全に我を失っていた。扉を隔てた向こう側から、観客のざわめきとリングアナウンサーの張りのある声が聞こえてくる。扉を開ければ、そこは青コーナー側の花道へ続く通路。試合会場階下にある控え室から階段を上がった薄暗い踊り場には、こもったような重たい空気が澱んでいるかのようだった。
 ビロード地の丈の長いクラシックなスタイルの黒いガウンを身にまとった横尾は、フードで顔をすっぽりと隠したまま、行ったり来たり、先ほどから落ち着きなく、ひとり歩き回っていた。もうすぐなのだが今すぐではない。そんな時間を、もうしばらくここでやり過ごさなければならなかった。
 扉が開き、そこに二人の男が顔を出した。横尾の小・中学校の同窓生で、今も親交のある福田と阿部だった。二人は身支度のすっかり整った横尾を見て、冗談めかして声をかけた。
「格好いいね」「ホントにやっちゃうんだ」
グローブでフードを少し押し上げ、二人を確認した横尾は立ち止まると、やや苛立ちが含まれたような上ずった声で応じた。
「何で俺がここにいるのか、わからねえんだよ!」
落書きだらけの薄汚れたコンクリートの壁に声が反響した。冗談ではなかった。いきなりこの場に連れて来られたような、今ここにいる自分が自分でないかのような、そんな感覚に、横尾はそのとき陥っていたのだ。その叫びは、気の許せる友人の姿を見たとき思わず発せられた心の声だった。二人はどう言葉をつないでいいかわからず黙り込んでしまった。
 その沈黙を破るようにゴングの音が鳴った。この日、最後の4回戦が始まったのだ。次が横尾の出場するスーパー・フェザー級の6回戦である。
 また扉が開く。今度は金子ジムのジムメートで、横尾のスパーリングパートナーを務めてきたA級ボクサーのアオキ・ヒロシだった。それをきっかけに、福田と阿部が立ち去ろうとする。
「がんばって」「落ち着いて、楽しんでな」
真剣な口調に変わった二人を右のグローブで指しながら、横尾が応える。
「おう!楽しんでくれよ」
二人が扉の向こうに姿を消すと、神戸出身のアオキが笑顔を作りながら後を引き取った。
「楽に楽に。横尾さんやったら大丈夫ですよ。楽しんでいきましょう」
「ありがとう。楽しむよ……」
横尾はあいまいにうなずいた。扉の向こうの歓声が大きくなる。打ち合いにでもなっているのだろうか。しばらくして、会場で前の試合の様子をうかがっていた揃いのゴールドの上着を着たセコンド陣が戻ってきた。専属トレーナーの早山進の姿を認めた横尾が訴える。
「やばいですよ。リングに上がったら、硬くなっちゃいそうですよ」
「硬くなれ!いいよ。今から気にするな」
突き放すように早山が言う。フードの奥で苦笑いする顔に、汗がじっとりと滲んでいる。横尾はまた、行ったり来たり、歩き回り始めた。観客の声援と足踏みの音だけが、くぐもったように聞こえてくる。
 いつの間にか、横尾の次に出場する後輩の篠田雄亮が控え室から上がってきて、シャドーボクシングをしていた。ここも暑かったが、狭くまだ人の多い雑居部屋の控え室よりはいくらかましだった。しばらく前まで篠田は、控え室前の長椅子に腰を下ろしたまま虚ろな目で宙を見つめていた。そうして、試合までの恐怖と緊張の時間をやり過ごそうとしていたはずの篠田が、横尾を気遣うようにわざと軽い調子で話しかける。
「横尾さん、何ラウンドで終わらせますか?あんまり早く終わらせないでくださいね」
一瞬、篠田の方を向いた横尾だったが、何を言われたのかわからないといった様子で、それに答えることはなかった。
 突然、鋭い金属音が立て続けに鳴り響いた。同時に横尾が誰に言うともなく声を上げた。
「何だよ!今のまだ1ラウンド終了のゴングかよ!?長えな!」
その様子を見守っていたマネージャー兼トレーナーの金子賢司が私にそっと囁く。
「ここで待っているときの時間は、ボクサーにとっては非常に長いものなんですよ」
確かに長かった。ここに漂っている空気みたいに、時間の流れまで滞ってしまっているかのようだった。だが、通常のボクサーですらそうであるのなら、横尾にとってはそれ以上に長く、重苦しい時間であるに違いなかった。無理もない。扉を開け、これから彼が向かわなければならなかったのは、およそ12年ぶりとなるリングだったのである。

 2004年7月5日、東京・水道橋の後楽園ホールで、ひとりのボクサーが再起戦を迎えていた。横尾真樹、当時32歳。かつては日本ランキングに名前を連ねたこともあったが、無名といっていいボクサーだった。
 横尾がランク入りを決めた試合は、20歳10か月のとき。だが、彼が日本ランカーとしてリングに立つことは、ついになかった。21歳になった数か月後、横尾は自らリングを去るのである。残した戦績は8戦6勝(6KO)1敗1分。つまり、まだこれからというときだった。
「いちばんの理由は」
と横尾は言う。
「結局、自分の気持ちの問題だったんです。ボクシングが嫌になってたんですね」
 1992年10月16日、横尾はB級ボクサートーナメントの決勝戦を、前年度の東日本新人王で、後に日本バンタム級王者となる松島二郎(ヨネクラ)と争った。試合は互いに持ち味を殺し合う、クロスファイトになる。176cmとジュニア・バンタム級では群を抜いて長身の横尾にサウスポーの松島。持ち味を殺し合うといっても凡戦だったという訳ではない。ダウンシーンはなく、見た目の派手さはなかったが、互いが互いの技術を駆使して駆け引きをする、緊迫した主導権争いが開始から終了まで続く、そんな好試合だった。判定は三者三様の引き分け。トーナメントの規定により、優勢ポイントがつけられ、優勝者となったのは横尾の方だった。
 判定が下った後、両者とも明らかな不服をその表情としぐさで表明した。競った試合を戦い終えたボクサーは、大抵、自分が勝ったと思うものである。松島は当然、納得できないままリングを降りた。だが、引き分けの勝者はセコンドが促すのも聞かず、いつまでもリングから降りようとしなかった。判定が下されてから数分が経過しても、なおリングに残り、納得できないという風に何度も首を横に振った。自分の方が勝っていたと思っていたからではない。横尾は、自分は負けたと思っていたのだ。
“疑惑の判定で優勝したボクサー”
自分の中にある思いとは関係のないところで、そのように見られるかもしれない自分の姿が浮かび、心がかき乱された。
(負けた俺が何で優勝なんだ。ふざけるな)
リングの上から、自分を応援してくれた者たちの喜んでいる姿が見えた。
「お前の方が勝ってたぞ!」
という声もかかった。拾ったような、形だけの優勝という結果に対し、素直に喜んでいるらしい周囲の感覚に、うんざりした気分になった。
(俺のこんなボクシングで喜ぶのか。違うだろ)
ここまで、勝っても負けても全てKOで試合を決着してきた横尾にとっては、第3者に勝敗を決められた初めての試合。横尾にはでたらめと思えたジャッジに対する不信感は、やがて失望に似た感情へと変わっていく。
(こんなんでいいのか。ボクシングは……)
 内容はどうあれ、生き残れた。例えばそのような感覚は、この男の中には欠片すら存在しない。ただ、どうしようもない思いだけが、次々と湧き上がってくるのである。
 知らずに涙が溢れていた。その涙が全てを表していたのかも知れない。これが、最後の試合となるのである。

(文中敬称略)



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●船橋 真二郎 (ふなはし しんじろう)
1973年東京都出身。99年5月〜00年9月までサッカーJリーグ・大宮アルディージャのオフィシャル誌の企画編集を担当。01年10月、J2からJFLに移籍した選手の苦闘とその選手の所属先となったJリーグ入りを目指す地域クラブチームの現状とを取材した記事がサッカー専門誌(web)『Foot Ball Weekly』に掲載。03年9月『ワールドボクシング』誌に記事掲載。
05年、第13回ナンバー・スポーツノンフィクション新人賞最終候補。
『Talk is Cheap』には02年5月より参加。


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