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「ジムを2度も移るなんてオレに言わせれば、わがまま以外のなにものでもないですよ。でもアイツ(横山)は自分で借金背負って移ってきたんだから、それもまた誰にでもできることじゃないというか、バカですけどね(笑)……」
初対面のボクが横山を追いかけていることを知ると、高橋直人会長(JBスポーツ)は自分から口を開いてくれた。実に明快な一枚舌で、毒はあっても嫌味を感じない。むしろ親近感を覚えるのは、“逆転の貴公子”と名を馳せた同会長の現役時代がボクの脳裏にも刻まれていたからだろうか。あの高橋ナオトは、故・阿部幸四郎会長の激烈なスパルタ教育に黙々とついていったからこそ、不世出の名ボクサーとなりえたのかもしれなかった。ともかく、その1ヵ月ほど前に会った横山が「高橋会長とはオレは合う」と話していたのがわかる気がした。
「横山クンの移籍第1戦が早々に決まったそうですね。それもメインの富本クン(横山の元ジムメイト)と同じ青コーナーだと聞きしましたけど、まさか二人の控え室が一緒なんてことはないですよね」
「逆にそのほうが、おもしろいかも(笑)。横山はジム移ってきて最初の試合だし、前のジムの会長とかも見てるだろうし、相手も大阪のほうで評価高いらしいんですよ。だから、やりずらいとは思うけど、倒して勝たないとね。ものがちがうんだというのを見せつけてもらいたい」
会長への取材を終え、広大なジムフロアに横山の姿をさがすと、彼はリングのなかであるステップの動作をしきりに繰り返していた。ラウンドの合間には、恰幅のいいトレーナーに助言を受けたり求めたりしている。思えば、ボクはそれまでも横山をジムに訪ねたことは何度かあるが、まっとうな練習風景を見るのは初めてのことだった。
やがて高橋会長がボクのかたわらにきて説明してくれた。
「あのトレーナーは篠田って言って、元アマチュア選手で優秀な指導者なんですよ。横山にはあんないいトレーナーをつけてるんだし、オレは福島(学=元日本・東洋太平洋スーパー・バンタム級王者)に対してもそうだけど、チャンピオンにまでいった人間にはいちいち干渉しない。練習も別に自分のやり方を通していいと思ってるし。それでもオレに楯突くんなら、ガチーンとやっちゃうだけですけどね(笑)」
『日本2階級制覇の横山が移籍』
横山啓介が3つ目の新天地へ渡ったことを伝える小さな見出しがスポーツ紙に載ったのは、2002年11月1日のこと。それより数日前に、横山からボクのもとへこのようなメールが届いていた。
「JBへの移籍が内定したようです。時間がかかりましたが、いろいろと心配していただいてありがとうございました」
その年の2月に日本ライト・フライ級タイトルを失った横山は、5月にジムワークを再開してまもなく、よりよい環境を求めてジム移籍を決意。それから約半年間、彼は自分の足で情報を集めつつ、交渉ごとの一切をまた一人で執り行ってきたのだった。業界やジム制度などへの愚痴ひとつこぼさず、ついに裸一貫でのリスタートへ至った横山の勇気と流儀にはほとほと感服したものだ。
新聞発表からおよそ3週間後、ボクは横山夫婦を招いてささやかな祝宴をあげた。彼は移籍が内定後に長らく付き合ってきた女性と入籍していたから、ダブルのお祝いとなったのだが、乾杯早々からボクは核心を聞きだすのに懸命だった。
「最終的にJBに選んだのは、やっぱり世界戦が可能だからでしょ?福島クンが世界挑戦したばっかりだし」
「そうですね、それはかなり大きいです。だってオレ、世界をあきらめてるんだったら移籍なんかしてないと思います」
「高橋会長とかトレーナーとは、うまく信頼関係を築けそう?」
「はい。でも会長には移籍初日に蹴られました。『挨拶の声が小せえ』って(笑)。人はどうかわかんないけど、オレは高橋会長とは合うし、コンビ組ませてもらってるトレーナーには『今までの試合のビデオをぜんぶ見せろ』って言われて、まだそれを渡したばっかりなんですけど、いろいろ知らなかったこととか教えてもらってます」
横山が古巣のジムへ支払う移籍金の3分の1は、新天地のオーナーが補填してくれたものの、残りは肩代わりしてくれたJBスポーツジムへの借金。それも2、3戦のファイトマネーからの天引きで間に合うような額では到底なく、毎月のアルバイトの収入からもコツコツと返済していくのだという。
聞いただけで気が重くなるような話だが、横山の泰然たる口ぶりは隣の新婦を意識してというより自信と希望、それと現在の充実を物語っているようだった。また新婦の輝世夫人が、無邪気に料理をつまんだりしていて不安めいたところをまるで表にしない。彼女は横山が移籍するよりもずっと前から横山家に入り、家計の窮状をも助けていたとは聞いていたが、その愛と信頼の深さをあらためて見せつけられた気がした。おまけに目がくりっと大きく童顔で、なんとも可愛らしい。
「若いって、そういうことだよね。いいよなぁ…」
聞くだけ聞いて、丸5歳下の横山より早く酒に酔ってしまったボクは、年寄りめいたつぶやきを新婚夫妻の前で何度も発していたことをおぼろげながら覚えている。
(つづく)
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