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4年半ぶりに顔を会わせた父子は、お互いに寡黙だった。わだかまりのせいで はなく、照れが二人を支配していたようであった。
元気でやっていたか。今まで何をして暮らしていたのか。
父は何一つ尋ねることなく、息子もまた不在にしていた時間について何も語らなかった。竜一は、ほんまにジム辞めるん……? 最大の気がかりについてさえ聞くことなく、「俺、家に、帰ってくるわ」とひと言だけ言い、父はそれを聞いて、そうか、とただ頷いた。
男の親子いうのはこんなもんかもしれんな。竜一は、聞くべき事はいくらもあるはずなのに問いかけもしない父と自分の振る舞いにそう思った。家を飛び出した時は高校生だった竜一も、もう21歳になっていた。
「久しぶりに見たら、父親の顔が優しくなってたいうかね。正直、弱気にも見えましたね……。まま、ジムたたんで田舎帰ろうとしてたいうの聞いてたからそう見えたんでしょうね。今思えば、単に年取っただけ思うんですけど」
その足で一旦神戸に戻った竜一は身辺整理を始めた。ホストクラブを辞め、顧客の女性たちに事情を告げ、住まいを引き払い、再び宿命の地・加古川に、ボクシングに、今度は自ら飛び込んだ。
それまでの数年間、節制とは無縁の生活を送ってきた。夜の街で派手なスーツに身を包み、女性相手に酒に馴染んだ体を作り直すのにどれくらいかかるやろ。半年やそこらはかかるやろなァ。しゃーない長期戦や、地道作戦や。竜一が覚悟を決め、「今日からまたお願いします」とジムに顔を出したのは9月15日。
はっきり記憶がある。と、迎えた父は事も無げに言った。
「デビュー戦、11月22日に決めたから」
エエエーーーーッ。
「……うっそや〜んって、そりゃあ唖然ですよ。だってまだ練習なんて何一つ始めてないんですよ、体ぽちゃぽちゃですよ、筋肉まるでないんですよ」
口をポカンと開ける息子に、来年の新人王戦に出るのに、まず二勝せなあかんからな。お前はブランクがあって経験がない。経験積むために新人王出るんや。
そう父は短く事を説明しただけだった。
「11月のあとは12月に組むから」
「あー期待してるんやろな、俺が帰ってきて嬉しかったんやろな、っていうのは、そのいきなり決められた試合でわかりましたけどね。ハァ」
竜一の述懐である。
「相談、話し合いなんて一切ないですね。それがやり方です。日程と相手は会長が勝手に決めますね。こちらも何も言えないです。どの選手に対してもそうですね。いやちょっと、なんて言おうものなら、『ならボクシングせんでええっ!』ってなりますから。まして強い選手としか組まないんです。弱いのとしても強くならへん。弱いのとずっとやってランキングあげていくのでは本物は作れないという考えなんで。−−しかしデビュー戦まで苦しかったですねー。ほんと死に物狂いですよ。何も考えず、ただひたすら頑張るぞー、頑張るしかないぞーって感じで」
父はそれまで本気でジムを閉じる気でいた。事情については「ま、いろいろありましてね」というばかりであるが、時は看板選手であった西岡利晃が世界初挑戦で敗れたのち、東京の帝拳ジムに移籍した頃のことであった。
「そこへ息子が帰ってきたわけです。西岡くんがおるときは僕、自分の子供のことはほったらかしとった。だから今度は子供にもチャンスつくってやろういう気持が生まれたわけです。−−忘れもせん、9月15日に戻ってきたから、早速青写真作ったわけ」
それが1999年11月22日のデビュー戦である。見事1ラウンドでKO勝ち。わずか20秒であった。二戦目はひと月後。これも竜一は1ラウンドKO勝ちしている。
勢いづき、三戦目はまたひと月後に組まれた。いきなり海外である。場所はフィリピン、それも相手は10回戦の選手……。
「これはひきわけてしまったけど、内容は勝ってた思うな。あの時はな、相手、計量のとき体重オーバーしてたんです。1キロと400グラム。で走りにいこうとするから止めたんや。それでいいわって。だって再計量までまた1時間待たないかんでしょ。もうそれでいいわ、グローブハンデもいいわ、って。コミッションもびっくりしてしまったけどね」
無茶である。だが会長は涼しい顔で続けた。
「竜一にしたって別に気にしてなかったしな」
そ、そ、そうでしょうか。言葉を挟むと、豪傑の人は自らの言葉に深く頷いた。
「本人、はよ飯くいたいからな」
それからふと思い出したように続けた。
「そうかて自分は減量で地獄の苦しみしとるんやけどね」
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