NY、勝手に殴れ!
  [光の庭ハthe garden with holy light ]
Text Photo By 杉浦 大介





 あれから、もう3年である。
 2004年10月2日。NYの「MSG」ことマジソンスクェア・ガーデンに、フィリックス・[ティト]・トリニダードが戻って来た。
 突然の引退から、既に2年半。MSGでの最後の試合からは早3年余。それはつまり、あの悪夢の米同時多発テロ事件からも3年余・・・・・・。
 セピア色に染められた記憶がフラッシュバックする。 
 事件から僅か2週間後、復興が進むNYで行われたバーナード・ホプキンス対フィリックス・トリニダードのミドル級統一戦。「この街は今、ボクシングの試合を楽しむ気分ではない」といった世論の中で、それでも半ば無理矢理強行されたタイトルマッチで、誰からも愛された天才ボクサーは悲運の初黒星を喫したのだった。
 試合延期が無かったなら。相手が鋼のようなホプキンスではなかったなら。そもそも、あのテロ事件が起こらなかったなら・・・・・・。
 旅客機が高層ビルに飛び込むなどというとてつもない悪夢と、ティト・トリニダードの初めての敗北。想像を絶する事件が立て続けに目前で起こった2001年9月を、例え忘れたくとも、僕は生涯忘れる事はできないだろう。
 そして、3年の時を超えたこの日。長い時間が流れたのに、何もかもがあの日とシンクロする。
 場所は同じMSG。初秋の夜。ボクシングファンのbuzz(興奮した噂話)。更に、星条旗とプエルトリコ国旗。
 僕が会場入りしたPM5:00頃には、ガーデンの前に大勢のプエルトリコ人たちが集まり、「ティト!ティト!ティト!」と大シュプレヒ・コールを繰り広げていた。まるであの日と同じである。
 全ての一致が結末への不安を微かに煽る。まさか、試合内容まで?
 だが、既に最高潮に興奮したプエルトリカンたちの大歓声に、そんな不安は瞬間的に掻き消される。失われた3年間を経て、待ちに待った英雄の帰還。
 NYとMSGが、この夜は再びティトのために燃えようとしていた。


 前座試合の行われている間、MSGのスタンドからぼんやりと館内を眺めながら、様々なことに想いを巡らせた。 
 会場にはまだ空席が目立つ。しかしメインイベントの始まる時間になれば、場内は2万人の大観衆で埋まるのだろう。
 マンハッタンのど真ん中に2万人。テロリストたちにとったら格好の標的だな。また3年前を思い出し、そんな不安がチラリと頭を掠める。
 あれからニューヨーカーは誰もが、心の何処かに決して消えない小さな不安を感じながら、日々を過ごして来た。
 ある知人は地下鉄の轟音にさえ思わず振り返ってしまう。目前1キロ先で沈んで行くビルを目撃した別の友人は、1年以上も眠れぬ夜が続いたのだと言う。
 テロリストたちが、NYに再び戻って来ない理由を探す方が難しい。まだ何が起こるかわからない。次の瞬間にはもしかしたら。そんな懸念は今でも頭の中にある。
 あの事件以来、僕の生活もかなり大きく変わった。ワールドトレードセンター内にあった、僕が当時通っていた学校は完全に倒壊した。多くの友人たちがそれぞれの国に帰って行った。そして彼らの殆どとは、以降1度も逢っていないし、もう2度と逢う事はない。
 2001.9.11から長い時間が経って、漠然とし過ぎていて、もはや実感としての悲しみは感じない。政治的なことはわからない。戦争の脅威も伝わってこない。どの情報が真実なのかもわからない。
 だが、大切にしていた多くのものを、あの日に一瞬にして吹き飛ばされた事に対する「怒り」を忘れたことはない。
 当時はただ、以前のように暮らしたかった。学校で仲間たちと一緒に勉強したかった。ジムでトレーニングをして、またリングに立ちたかった。仕事をして金を稼いで、種々な場所に旅したかった。クリエイティブな仲間たちのことを切り取った、楽しい文章が書きたかった。学び、働き、鍛え、遊び、楽しむ。日々を楽しんで生きる。
 MSGの眩い光瞭の下で、テロリストたちが奪っていった物を改めて考える。
 今、再び掴んだように思える「普通の幸福」。だが、恐怖が真底に刷り込まれた後で、一点の曇りもない平穏を享受できる日はもう2度とやって来ない。そして、あの日に失ったものも決して戻ってはこない。


 試合前のセレモニーの盛大さも、あの日に酷似していた。
メインイベントの直前に、多数のセレブリティと、元王者たちが次々と紹介される。舞台の華やかさと大歓声が、僕の感傷までも打ち砕く。
スパイク・リー、デンゼル・ワシントン、ファット・ジョー、ステファン・マーブリー。そして、バーナード・ホプキンス、ロイ・ジョーンズ、アーツロ・ガッティ、イベンダー・ホリフィールド、マイク・タイソン・・・・・・。
 蒼々たるメンバーが集まった。皆がティトの復帰を待っていたのだ。
 [USA]コールと、スタンディング・オヴェーション、超満員のマジソンスクェア・ガーデン。周囲を見渡すと、大歓声で会場全体が揺れているようにも見える。凄い、凄い熱気だ。圧倒される。
 何だか随分久しく聞かなかったような拍手と歓声に、また3年前の記憶が蘇る。ティト対ホプキンスの夜も、街の復興を祝う大歓声の中で、NYPDやFDNYへの喝采の中で、NYの復活を感じて僕は震えたのだった。
 事件直後、マンハッタンが不思議なほど無音になった日々。いつもはどこからともなく届くジャズが、ヒップホップが、ラテン音楽が、まるで聴こえないNYは異様だった。
 しかしあの日、そしてこの夜、「世界のガーデン」が再び光に包まれた。ティト・トリニダードのファイトは、NYのすべてのプエルトリカンとボクシング・ファンの心に火を灯す。
 [ティト!]と[USA!]。2つのコールが渦巻く中、主役のボクサーたちが入場してくると、観客席のボルテージが更に上がる。星条旗が千切れんばかりに振られる。何故かトップレスの女性が、プエルトリコ国旗を身体に巻き付け踊っている。
 立ち会った者すべてが暫く忘れられないような、それは素晴らしい雰囲気だった。そこにあるのはビル崩壊の轟音でも、断末魔の叫びでもないのだ。これがNYのあるべき姿である。
 スポーツは悪夢を忘れさせてくれる。例えそれが、瞬間的なものだったとしても。

 そして、この日は結末だけがいつかと違っていた。
 第8ラウンド、プエルトリカンたちの大歓声と共に、フェリックス・トリニダードが遂に不倒のリカルド・マヨルガを沈めたのだ。
 ティトが、打って、打って、打ちまくる。その度に会場のファンはエクスタシーの叫びを挙げる。あの日、幾ら打ってもホプキンスには届かなかったそのパンチが、この夜は面白いようにマヨルガの顔面を跳ね上げる。倒れないマヨルガ。だが、ティトは前に出る。そして左フックを振るい続けた。
 遂に試合が終わったとき、シンクロは破られ、ティトは新しい扉を開いたのだ。過去と未来が真の意味で繋がった瞬間である。
 ティト・トリニダード、3年越しの勝利。
 光と喝采の中で、誇らしげに両腕を突き上げるティトを呆然と眺める。宿敵はおそらく他にいる。だが、この日はこれだけでもう充分だ。
 3年前のあの日は試合が終わったあと、何故か会場から立ち去り難く、いつまでもリングサイドに佇みリング上を見つめ続けた。ウソだろ?と呟きながら。 
 トリニダードの試合を初めて日本のTVで見たとき、ティトはまだ20歳で、僕は17歳の高校生だった。以降8年間を王者であり続けた天才ボクサーの、痛烈な挫折。殆ど信じ難い光景で、すぐには受け入れられなかったのだろう。
だから今夜だけは、決して零れ落ちないように、ティトの成功を大事に抱きとめておきたかった。あの日と同じように、リング上を静かに眺め続ける。
「We want Hopkins! We want Hopkins!!」
僕の想いに反して、気の早いプエルトリカンたちは、既に宿敵の名を叫び始めている。やはり彼を倒さなければ、復活と復興の物語は完結しないのだろうか?
あれからもう3年である。
あの鉛色の9月に失ったものは決して戻って来ない。
だが、ティト・トリニダードはリングに戻って来て、MSGにも再び生気が戻った。誰の心の奥底にも、本当の闇なんて訪れたりはしない。
僕は足早に、帰り道へサブウェイへの階段を駆け下りた。
「ティト!ティト!ティト!」と叫ぶ人々のシュプレヒ・コールが、電車内まで続いていった。



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