わたしの・すきな・ふうけい in L.A.

Text Photo By 宮田 有理子




LAにやってきて2ヶ月が過ぎ、リス(野良猫よりも見る頻度が高い!)が電線をわたっていても驚かなくなった今日このごろ。ビーサンにタンクトップ姿がずいぶん減って(まだいる)、気づけば、カリフォルニアも秋である。
そして彼女はやっと、今年初めての試合を迎えたのだった。

9月24日。場所はモンテベロにあるクワイエット・キャニオンというゴルフ場のクラブハウス。試合開始の1時間半前、午後5時45分が選手の集合時間だった。前日は計量会場だったボールルームには、リングと客席が据えられ、とってつけたようなスポットライトがへばりついている天井は、選手たちの頭にかなり接近しそうだ。壁にはビールやら何やらスポンサー企業の広告がいくつも貼られてイベントの雰囲気は出てきているが、まだあちらこちらで準備が続いている。そして控え室はというと、がらんと何もない宴会場が一室だけ。6試合12選手がそこで出番を待つのだ。女子の試合が組まれていても、別にドレッシングルームが用意されるわけではない。が、そんなことよりも、相手と同じ場所で時間を過ごすことの方が問題だと、彼女は言う。
それにしても……。集合時間というのに、ぜんぜん人が集まっていないのはどういうわけだろう。テーブルの上にグローブを並べ終えたコミッション役員たちも、手持ち無沙汰のまま、まったくいらつく様子もない。
「いつものことだから」と、あきれた顔をしてみせる彼女にとっては、9ヶ月ぶりにめぐってきた、そして進退がかかった大切な日であるのに……。

アメリカで、REIKO MARUYAMAの試合を見るのはこれが2度目だった。
一度目は2003年2月28日、つまりロイ・ジョーンズがヘビー級の世界王者になる前夜。ラスベガスのオーリンズカジノで行われた、地元のホープ、メリンダ・クーパーとの再戦である。約半年前に0−2の判定で敗れ、その採点に対する抗議が認められて組まれたものだった。
ブーイングを浴びて登場したREIKOは、開始のゴングとともに飛び出したが、いい右をもらってしまい、2ラウンドでストップされた。そしてまたブーイングを浴びたのだが、それはレフェリーの早いストップに対するもので、負けた日本人女子ボクサーは称賛の拍手の中、控え室へと戻っていった。

ほかのスポーツシーンと同じく、こちらアメリカのファンは地元贔屓の色がはっきりしていて、“よそもの”に対してはとにかく冷たい。が、好みもはっきりしていて、地元選手でもちょこちょこポイントを拾うような戦い方には“Boo”を浴びせ、見知らぬ選手でも果敢なスタイルなれば、褒め称えるのだ。
REIKOは試合を盛り上げ、お客を喜ばせることのできるファイターだった。
「最初から前に出ないと勝たせてもらえないって思ってるから、とにかくガツガツ前に出る。リングに入る時に野次られるとさすがにヘコむけど、こっちのお客さんは、がんばればちゃんと認めてくれるし」
しかし、それが勝敗に反映されるわけではない。
順調にレコードを伸ばしていくジムメイトの世界王者ウェンディのパートナーとして、来る日も来る日もスパーリングを重ねながら、自身の試合は決まっては消え、決まっては消えていく。時には、前日の計量に相手が現れなかったこともあったという。それでも、初めて育てる女子選手であるREIKOに、マック・クリハラ氏はバケーションを許さない。いつでも試合ができるように、ということもあるだろうが、マックさんはきっと、ボクサーがボクサーでいられる時間は限られていると伝えたいのだと思う。
ロスに腰を据えてタイトルマッチを目指そうと決めてから3年が過ぎ、20代後半という貴重な時間をボクシングにのみ費やしてきたしてきた彼女は、老師から「次の試合で負けたら、フィニッシュ」と告げられたのだった。

さすがに控え室が騒々しくなってきた6時半、REIKOはトイレでコスチュームに着替え、リングシューズの紐を締めた。さまざまな太さ、長さにカットしたテープを巧みに組み合わせて、マックさんが丁寧にバンデージを巻いていく。部屋の奥に相手が座っていたが、あえてそちらを見ようとはしない。前日の計量で初めて会ったその対戦者HEATHER PERCIVALは、ひょろりとした長身選手だった。いつもどおり情報は2戦2勝という戦績のみ。薄い胴体に一発見舞って先手をとろうというのが、REIKOのプランだった。
減量が比較的ラクでコンディションがとてもいいという彼女は、ウォーミングアップの間、表情に自信をただよわせ、キレのある動きを見せた。
ジムメイトたちが激励に訪れると弾けんばかりの笑顔で応えた。
「GOOD LUCK!」
この日を待ち続けた彼女の姿をよく知る人たちが、その幸運を願った。


しかし……。
HEATHERの大応援団が騒ぐ中、開始のゴングとともに作戦通り打って出たREIKOは、いきなり相手の右打ち下ろしの洗礼を浴び、歯車がくるってしまった。2ラウンドはクリーンヒットを奪ってひるませたが、以降、危険を回避してアウトボクシングに徹するようになったHEATHERの独擅場だった。追っては巧みな右アッパー、左フックで迎え撃たれ、流れを変えることができないまま、4ラウンド終了のゴングを迎えた。なにか、うたたねの夢のように現実感がなかった。あっという間に終わってしまったようで、でも、彼女のレコードは2勝6敗になっていた。
控え室に戻ったREIKOの顔は、まるでこれから試合です、というようにきれいなままだった。あちらこちらで見知らぬ観客たちから声をかけられたが、
「今日はお客さんから“GOOD!”って言われてもうれしくない。だって、自分で“負けた 〜”って思ったから。なんで、すごくコンディションがよかったのに、練習したことが出せなかったんだろう。なんでできなかったんだろう……」。

それからしばらく、彼女はほとんど何もする気力が起きない様子だった。
マックさんからは毎日電話がかかってきたが、「あえて“その”話題には触れないで、バカっ話ばっかり」だった。
自身の中でも思いは行きつ戻りつするようだった。
めぐまれたマッチメイクが望めない状況の中、これから粘ってタイトルマッチという目標にたどり着けるとは思えない。もう楽になって、日本にいる友人たちのように自由に生活や恋愛を楽しんでもいいじゃないか、という思いはある。
でもある時は、この負けを最後にやめたら、ずっとこれをひきずってしまうんではないかという不安が沸いてくる。
「終わった後に試合のことを、“なんで、できなかったんだろう”って振り返ったのは、初めてなんです。自分の力を出し切ったと思えない。だからかもしれない、マックがすぐに“フィニッシュ”と言い出さないのは」。

世界チャンピオンだろうが4回戦だろうが、一人一人に等しく、こんなふうに、悶える時があるのだと思う。
志高く飛び込んでも、そこへ行き着けるのはほんのわずかな人間だけだ。
多くは、思い通りにいかない現実の中、どこで自分に折り合いをつけるか、タイムリミットが近づくにつれ、その着地点を探して彷徨うのに違いない。必死になったものや時があるだけで胸を張っていいのに、自分でそう思えるようになるのは、その世界を離れてから少し時間がかかる。

さまざまな選択の末に今、ここにいる一人の女子ボクサーは、試合から10日後、再起することを決心し、師に告げた。
「今年いっぱい、がんばりたい」。
「OK。11月に試合できるようにしよう」。




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