| 東京の大学から夜逃げならぬ朝逃げした竜一は、胸に野望を抱き神戸へ戻った。 |
「昔テレビで見たホストという未知の世界に行くんや。あそこいったら絶対金持ちや、金持ちやァァァっていうのがあって。いや、東京では無理やという頭がありました。東京って街が大きすぎて、人も自信に満ちあふれた人ばっかなんですよね。でちょっと気圧されたとこがあったんで、とりあえず神戸でナンバー1を目指してある程度自信かためてから東京に進出しようと」
| 竜一がホストという職業を知ったのは、神戸で定時制高校に通うかたわら現場仕事をしていた時分のことだった。 |
「だんだん大震災の復興も終わりが見え始めて、現場が激減し始めたんですね。10代の身空で月に5、60万を手にしてるやないですか。金銭感覚は麻痺してるしもう金のない生活が考えられなくなっていた。どないかしないかーんと思ってるころ、テレビでホストのドキュメンタリー番組をやっててね、ブッサイクなホストでもえらい金稼いでたんです。俺、こいつよりは男前やし、イケるぞー、稼げるぞーって」
その後背を押されるようにして大学に進学し、思惑は先送りとなったが、(いつかはホストでひと花咲かせたる!)の思いは捨てきれずにいた。
そして念願のホストクラブへ。 |
「最初はきつかったですね。接客はまァ向いてる方だったんですけど、自分のお客さんを作るいうのが。値打ちが下がるいうんで勤めた店はキャッチしてはいけないとこだったんですよ。けどお客さんがつかないと給料が出ない。しかたないから三宮あたりに出て声かけるんですけど、やっぱ最初は自分の好みの子に声かけてしまうわけです。まま、可愛い子狙いますよ。全然あかん。半月ぐらい空振りでもう辞めようかなって、投げやりゆうかやけくそで、年齢いっててちょっと肥えたような人に声かけたんですよ。そしたら『行ってみるわァ』って。そうか、理想のタイプじゃなくてブサイクに声かければ店に来てくれるっていうのがわかって、それからはよしイケるぞーって。単純なんですよね(笑)」
「いやァ自分ブサイクなんで。でもブサイクな女の子からしたら少しは男前に見えたんでしょうね。何人かは毎日来てくれましたね。でもある日、ハッとした。ほかのホストのお客さんは可愛い子ばっかなんですよ、クラブのママさんとか。で僕の客を見回したらブッサイクばっかり。嫌やァこんなん!って先輩のホストに相談したら、『自分も投資せなあかんでー』と言われまして。それでブサイク相手に稼がせて貰ったお金を持って、クラブとかラウンジに飲みにいって、お金もってそうなチイママとかに投資した。通い詰めてプレゼント渡したりして。そうするとだんだん『一回お店行ってみるわー』って情で来てくれるようになるんですよね。あとは2の線、3の線と、トークとムードを使い分けて口説いていくわけです」
| もともとなのか、ホスト経験で養われたものなのか、おそらくどちらでもあるのだろう、竜一は話し上手でまるで漫談を聞いているようであった。「ブサイク」のひと言はきつい印象を与えてしまうかもしれないが、彼の関西なまりの「ブッサイク」は柔らかなニュアンスを滲ませており、決して不快には聞こえない。こちらを飽きさせないようサービス精神を発揮しているのも見て取れた。 |
「ホストにもいろいろタイプがあって、武闘派タイプとか色気系とかいろいろタイプがあるんですよ。僕ですか。3の線でしたね。二枚目と三枚目のあいだのちょっと三枚目寄りですか。でも夜の世界ですからね、いろいろありました。ホスト同士のけんかとか縄張り争いもあるし時にはやくざが出てきたり。怖いですよ。ふらふらですよ。時には命がけですよ(笑) 10代の若者が見んでいい世界でしたね。その分、普通の若者では知り合えないような人とも出会えたし、いい経験ではありました」
| ホストの取り分は売り上げの3分の1程度だったが、それでも1年半ほどすると「そこそこ」金は貯まった。 |
「よっしゃマンションでも買おうかとか思った頃です。家に、ボクシングに戻ることになったのは」
| きっかけは小さい頃から竜一をよく知る知人が漏らしたひと言だった。 |
「親父さんさん、ジム閉めて田舎に帰るらしいで」
……嘘や。
「正直ショックでしたね。ジムの会長としての父親の背中を見て、僕は育ってきた。あの親父がボクシングから離れるなんてこと、考えたことなかった。何があったのかはわからない。ただそのとき、もし僕が戻ったら、親父、僕に夢を注いでもう一度やるんちゃうかなと思ったんですね」
会長の息子という宿命から逃げ出した竜一が、揺れていた。
ボクシングに戻ろうか……。
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「当時、お金が入ってくるのが当たり前になってました。そういう求めていたはずの生活が、何や面白くなくなってき始めてたんです。あの時21歳だったんですけど、店のナンバー1のホストが25歳で、僕が25歳になったとき、きっとこの人と同じことしてるなーと思ったんですね。サラリーマンなら上にいくにつれて仕事内容も変わるしやりがいも出てくるじゃないですか。ホストは上にいっても一緒なんですね。ただナンバー1と肩書きがつくだけ。稼ぐことも慣れてきてしまった。自分がやることは、ただ、お金としてしか返ってこない。面白くないなァ、虚しいなァ、と……」
「そうですね、商売しようかな、車屋とかしてみようかなとか考え始めてて。でもそれは年とってからでもやれる。
……お客さんの中にですね、ボクサーだった僕のこと知ってる人もいて、なんでボクシング辞めたんや、もったいないって言われることも少なくなかったんですね。自分でも少しは、ほなもっかいやってみようかなって気持もあった。
けど、ブランクはある、インターハイで優勝したいう肩書きがかえって邪魔にも感じられた。もしプロにいけばアマチャンピオンデビューってなるじゃないですか。通用しなかったらどうしよう。余計なことをあれこれ考えてしまってね、踏み切れなかったですよ。でもジムがなくなるかもしれんと聞いたとき、ボクシングに戻れるとしたらもう今しかないんちゃうか、今が最後のチャンスじゃないか、そう思ったんです」
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