「林隆治のこの人と真剣勝負!」第5回 (安河内編D)



ゲスト    安河内 剛氏

 (財団法人・日本ボクシングコミッション国際部長)

写真     山口裕朗氏

ホスト構成 林隆治








二人のボクサー以外で、唯一リングに立つことの出来る存在、レフェリー。同時に、この第3の男は絶えず批判にさらされる運命にもあります。彼には神のごとき権限を与えられておりますが、しかし神ではなく、本当はただの人間なのです。ストップのタイミング、反則の取り方、彼はいつも苦悩し、そして決断しています。(林隆治)


「人間が審判する以上、ミスは起こりうる」(安河内)

レフェリング

安河内 不当判定の問題とは違うので、あえて最初に言わせてもらいます。ストップの早さとか反則の取り方とかいろいろありますが、ボクシングという競技を人間に裁かせている以上、ミスやトラブルは起こりうる、ということは前提にしておいてもらいたいのです。これは何も自分たちの怠慢を棚に上げているというわけではありません。プロとして一生懸命努力した結果として、もしミスがあったとしても、それはミスではない。変な言い方ですけれども。そう受け止めてもらわないと、人間に審判させている意味がないと思うのです。

林 そうですね。

安河内 例えば野球でも、後からビデオを見てみたら、ホームランが実はファールだったということはある。でもそういう試合をいちいちひっくり返していたら、どういうことになるか。ボクシングでもビデオを導入して、スリップダウンなどのチェックをするべきだ、という意見もよく聞きますが、それをすること自体が、人間に審判をやらせることを自ら否定してしまうことになると思うのですよ。人間が裁くから、ボクシングというのは議論も起きるし、ドラマも起きる。

林 それも含めてスポーツということですよね。

安河内 私はそう思います。別にこれは逃げているわけではないんです。ビデオを見て、あれはダウンだ、いやスリップだ、とやることが、本当にこのスポーツを面白くするかは疑問ですね。もちろん、審判の日々の研鑽が大前提ですが。

林 それに、日本の審判って、言われているほど質が悪いとは、私は思わないんですけどね。業者の中でも、審判が低レベルだ!とか言う人がいるんですけど。そう言えば、協会とコミッションで今度、そういった問題についての話し合いの場を設けるという話も聞きましたけれど。

安河内 はい。コミッションが毎月行なっている試合役員会という集まりに、ぜひ協会の方にも入って欲しい、とこちらからお願いしたのです。こちらも、審判たちがただ漫然と日々を過ごしているだけでなく、こうやって会議をやりながら色々なことを議論しています、というところを見てもらいたいし、協会サイドの言いたいことも聞きたい。ですから何人でもいいから、ぜひ来てくれ、と。

林 それはいい試みですね。

安河内 この間、こういうことをある業者の方に言われました。ダウンした相手を殴るボクサーがたまにいますね。でもそれは止めに入らないレフェリーが悪いじゃないか、すばやく間に入れば殴ることもないんだ、と。

林 なるほど。

安河内 確かに止めに入らないレフェリーはミスを犯したのかもしれない。しかし、ボクシングというスポーツがなぜ許されているのかという、根本を考えて欲しいんですよ。急所を殴り合うという、まさに本能に根差したボクシングが、スポーツとして成り立っている中で、絶対にやってはいけないことの一つは無防備の相手を殴ることではないでしょうか。私から言わせれば、それはレフェリーが止める止めないの問題ではない。そういうことは、ボクサー自身が理解するように、ジム側が教えるべきじゃないですか。それにダウンはどの瞬間にも起こりますから、レフェリーのポジションによっては届かないこともいっぱいありますよ。だからと言ってレフェリーが制止しなければ、ダウンした相手を殴っても仕方がない、それはレフェリーが悪い。私はそういう考えは絶対に肯定できないです。

「反則には厳罰に処すべきだ」(安河内)

カメラマン山口 ダウンした相手を殴った選手に対するペナルティーが、あまりにも甘いような気がします。失格にしなければいけない瞬間って、絶対にあると思うんです。

安河内 そう言って頂いて、ありがとうございます!やはりそのへんは私たちの責任だと思います。そういう行為に対して、強い制裁をしていけば、ジム側も選手に「やってはいけないんだ」と言えるはずなんですよ。私たちコミッション側も、無防備の人を殴ることが、どれほど危険でやってはいけない行為であるかという認識が不足しているのではないでしょうか。今の時点では、よくて減点1、失格なんてあり得ないですからね。これからは、そういったことに対しては厳罰に処すということを、協会サイドと話し合ってコンセンサスを得て、やるべきだと考えています。

林 実際にリングに立つと、失格負けというのは宣告しにくいものなのでしょうね。

安河内 確かに。でももう、そうは言っていられない時期にきている気がしますね。今、後楽園ホールの医務室が野戦病院と化しているんですよ。医務室が、カットによる縫合治療を待つボクサーでごった返すなんてことは珍しくない。この前はあるドクターが休憩をくれと言ってきた。麻酔までが足りなくなったこともあります。その原因のほとんどが実は、バッティングなんです。

林 バッティングに関しては、うちにも評判が悪い選手が何人かいます(笑)

安河内 ヨネクラさんが特別ということはないと思います。でも、練習の時点で「うまく頭を使え」という教え方をしているジムもあるんじゃないですかね。試合でセコンドが「頭から行け!」と言っているのを聞いたこともあります。それでレフェリーが注意すると「関係ねえ!」とか、「行け行け!」とか。これはセコンドの指示としてはいかがなものか、と(苦笑)

林 それは私も言っているかもしれない(笑)

カメラマン山口 ボクシングは美しくなければ駄目なんですよ!

林 でもその前にまず、勝たなくては駄目なんです。ジムの論理としては。

安河内 そこにファンの立場とジムの立場の、熾烈な争いがあるんですね。それはともかくとして、最近の4回戦レベルでの反則の多さは目に余るものがある。私はかつて「早めのストップ」と「反則を取ること」を審判たちに提唱したんです。前者に関しては彼らはボクシングの歴史を変えてくれた。それが良いか悪いかは歴史が証明してくれると思いますが、重大なリング事故の発生率が低下したことは事実です。ところが反則に関しては、結局挫折してしまったんです。なぜかというと、あまりにもバッティングがひどすぎて、注意していると試合にならないんですよ。

林 確かに。5秒に一回は試合を止めなければならない(笑)

安河内 そう。そうするとファンからもジムからも「流れを止めるな!何やってるんだ」とブーイングされる。試合を成立させるために、反則を取るのをやめてしまった状態と言えそうなのです。それで今、大きい反動が来て、逆に反則が野放しになり過ぎている。おそらくここ十年の中で、これだけ反則が許容されているのは、初めてのことではないですかね。これをどうしようか、というのが今の私どもの課題なんです。結局は審判たちに本気になってもらうしかないかな、と思っているんですが、あとはジムの教え方ですかね。

林 うーん、うちは「頭から行け」とは絶対に教えませんが、ただ「相手の嫌がることをしろ」ということは、勝負の世界だから当然言いますね。

安河内 まあそれがボクシングですからね。それは私もそう思うんですが…。頭を低くすることだけが相手の嫌がることの全てではない、というのが私の意見ですね。フィリピン人ボクサーなどを見てても、彼らは上体を柔らかく使っているから、重大な反則バッティングはほとんどない。だからと言って、相手の嫌がることをしていないか、というと、そんなことは全然ありません。もしジムサイドが、4回戦だから勝つのには頭を低くさせた方が手っ取り早い、と考えているのなら、日本のボクシングの技術レベルを貶めているのではないか、と少し残念に思います。

林 でもジムとしては、そう教えることで勝ってしまうのなら、その教え方を変えることは出来ない。


「レフェリーにとって真剣勝負の場に立てるのは、何よりも名誉」(安河内)

安河内 そうなんですよね。ダウン後の加撃にしても、それでなんのお咎めがなければ、みんなやるかもしれませんよね。これが勝負なんだ、と言って。でもそれをやりだしたら、ボクシングはおかしくなってしまう。

林 だから、コミッションが目指す方向があるのなら、言葉だけではなくて、その方向に厳しくやってもらいたい。私個人は反則を厳しく取ることを支持します。

安河内 ただそれをやって、一番大変なのはレフェリーなんですね。ジムサイドにも抗議の仕方は考えて欲しいと思います。一部のジムはすごいですよ。最近もあったんです。人としてどうなのかなという言動が。レフェリーに対する脅迫まがいの行為を目にすることが、まだまだ少なくない。本当に悲しくなります。レフェリーだって、それでは反則を取れないし、ストップも早く出来ないですよ。

林 そもそも審判の方は、報酬も大して貰うわけではなく、半分ボランティアみたいなものですよね。それであんな嫌な目にあう仕事に、なぜこれだけ人が集まるのか不思議なくらいですよ。

安河内 嫌なこともありますが、あの真剣勝負の場に立てるというのは、本当に名誉なことなんです。私もかつて少しレフェリーをやっていまして、当時は後楽園から歩くと結構遠い距離に住んでいたんですが、それでもレフェリーが終わった日はよく歩いて帰ったものです。夜風に吹かれながら「ああ、今日も事故なく無事に試合を終わらせることが出来て、よかったなあ」とほっとした気分を味わいながら歩く。その情景が今でも頭に思い浮かびますよ。

林 いい話ですねー。

安河内 ボクシングに対する私自身の基本は、ボクサーへの「憧れ」と「リスペクト」です。その憧れの人たちが試合をやる場所に、自分が立てる。真剣勝負の立会人となる。こんな名誉なことはありません。今の審判の人たちも同じ気持ちだと思いますし、その気持ちで頑張ってくれていると思います。そのへんは業者の方々にも分かって欲しいですね。

林 こちらも審判に対して尊敬の念を持つ。これが重要ですね。

安河内 そうですね。審判には敬意を持ってもらいたい。かつては、審判と業者は付き合ってはいけない、しゃべってもいけない、みたいなことを言われましたが、私はむしろ審判たちにはジムに行って欲しいですね。ジムに行って、ボクサーがどれだけ努力しているか、リングに上がることが4回戦であってもどれだけ大変なことか、ということを分かってもらいたい。実感してもらいたい。そうしたら、あの真剣勝負の場でいい加減なことは出来なくなると思います。

林 業者と審判がお互いに敬意を払って、意見を交換し合う。まずはここが出発点ですね。そして、コミッションは反則をしっかり取り、ジムはやってはいけないことを選手にちゃんと教える。そうして最終的には、リングの上で技術レベルの高い試合を、観客に見せることが出来れば最高ですね。

(以下次号)




安河内剛/ 1961年、福岡県出身。早稲田大学法学部在学中にプロテスト合格、C級ライセンス獲得。司法試験を目指す傍ら、(財)日本ボクシングコミッション(JBC)の仕事を手伝い、レフェリーなど試合役員を経験。1994年、正式にJBC入り。現在は国際部長として、JBCの中枢で活躍中。

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