2001年7月21日、僕がマニラ国際空港に到着したのは夜の10時を少し廻った頃だった。
それはランディ・マングバットが在籍するジムを訪ねるためのフィリピン取材旅行だったのだが、初日だけは自分で宿を取ることになっていたので、タクシーでエルミタ・マラテと呼ばれる地区に向かい宿泊先を決めた。
剥き出しでボロボロのアスファルト、朽ち果てた街並み。道の端に横たわる住む家を持たない母子。人々の大半が上半身裸で、異様に痩せているか、病気の様に太っているか、そのどちらかに極端に分かれる。傍らには残酷な程ガリガリに痩せ細った野良ねこたちが生気なく歩いている。
そんなマニラ・スラム街の片隅で、僕はリサ・メイ(RisaMae)に初めて出逢った。彼女は、旅行者相手に身体を売ってお金を稼ぐ売春婦だった。
「日本人は2000ペソ(約5000円)。他国の人は1000ペソなんだけど。それでも日本人は安いって喜ぶわよ」
リサ・メイは人懐こい笑顔を浮かべて、弾むようなアクセントの英語を話した。黒くて長い髪に、小奇麗な身なりをしていた。しかし腕には酷いヤケドの跡があった。別れた夫と喧嘩した時に付けられたものだという。直視できないような、本当に無惨な傷跡が痛々しかった。
「ダンナに熱湯をかけられたの。乱暴で酷い人だったわ。なんであんな人と結婚したんだろ、と今は思う。でも、そういう事ってよくあるでしょ?」
だから何なの?どうでもいいわ。そうとでも言いたげな、あっけらかんとした口調で彼女は言った。人懐こいのに、一方では他人を寄せ付けないような、不思議な雰囲気の人だな、と思った。
「ボクシング?マングバット?興味ないわねぇ。この国の人たちはボクシングが好きよ。でも私は・・・・」
−−なぜ君は好きじゃないの?
「余裕がないのよ。お金がないから。なぜフィリピン人がボクシング好きかっていえば、一攫千金の夢があるからでしょ?女の私はボクサーには絶対になれないものね(笑)」
暫くは散策する僕の隣りを歩きながらそんな話をしていたリサ・メイが、やがて「僕の部屋に来たい、ゆっくり話しがしたい」と言った時、僕は彼女を買うつもりがない事をはっきりと伝えた。僕は売春婦など買った事はないし、そんなつもりもないし、旅は始まったばかりでお金に余裕もない。彼女は、「それでも構わない」と言った。
リサ・メイは本当にただ僕と話しがしたかっただけだ、などと言うつもりはない。旅行に来るくらいだから、お金が無いはずがない。部屋にさえ行けばその気になって最後には買うだろう、くらいに思っていたのだと思う。
しかし僕たちは、僕の宿泊先の汚い部屋の小さなベッドに横になり、数時間もただ話しを続けた。何かに取り憑かれたかのように、彼女は話した。
「私はね、昔はホテルの案内係をしていたの。それってフィリピンじゃ皆が羨むような仕事なのよ。だから今、私が売春婦をしていることを昔の知り合いが知るとみんな驚くの。「いったいぜんたい君は何をやってるんだっ?!」てね。ふふふ。でもね、仕方ないの、ダンナと離婚したから。3歳の子供がいて、私独りで育てていかなければならないから。お金のことだけ考えたら、やっぱり売春婦の方が儲かるからね・・・・」
−−・・・・こんな所にいていいの?客を拾いに行かなきゃいけないんでしょ?
「そうね、あぁーあ。今日はあなたが私のお客のハズだったのに。どうしよォ。明日ウチのコの食事を買うお金が稼げないじゃない、あなたのせいよ(笑)」
30歳だというリサ・メイは、明るく屈託がなくて子供のように笑った。売春婦の固定観念的なイメージである不潔感はまったくなかった。魅力的な女性だな、と僕は思った。フィリピンに到着したばかり、時刻も深夜でボロボロに疲れていたけれど、彼女と互いに拙い英語で話しを続けるのは苦痛ではなかった。
「えっ、あなたはアメリカに住んでいるの?凄いじゃない!私のお客さんにね、アメリカ人がいるの、凄く良い人で、いつか私をアメリカに連れていってくれるって言っているの。素敵でしょ!?もしかしたらあなたにアメリカで逢えるかもね!」
「アメリカ」の話になると、リサ・メイの声のトーンは一段上がった。連れていってもらえるはずがない、と僕は思った。でもそんな事はとても言えなかった。
しかし僅かな沈黙の後、リサ・メイは自ら言った。
「ホントはね、わかっているの、明日が今日と同じだって。マニラはかなり住みやすくなったわ。だけど自分の人生が劇的に変わる、なんて夢みたいな事を信じていられるのは子供の頃だけよ。そう、あとは夢見がちなボクサーたちくらいじゃないのかな。でもね、私だって心の片隅では今でも思ってる。もしかしたら、って・・・・」
突然、リサ・メイは、「私を抱いてもいい」と言った。「お金はいらない」とも言った。そして上着を脱いで、下着だけになった。
でも僕は彼女を抱かなかった。
本当に酷く疲れていて、そんな気分ではとてもなかった。だけど理由はそれだけではなかったのだろうと思う。
−−そんなつもりはない。服を着て欲しい。
彼女から眼を背けて僕は言った。
するとリサ・メイは僕の上に跨って馬乗りになると、キスをして、「Thanks」と小さな声で言った。そして服を着直すと、一言「私は明日も同じ場所に立っているから」と言って、微かに笑って部屋を出て行った。
時計を見るとAM3:30を過ぎていた。部屋に帰ったのはAM12:00前だったから、僕とリサ・メイは4時間近くも話し続けていたことになる。
酷く眠かった。その後の事はまったく記憶にない。おそらく彼女が部屋を去った直後あっという間に、僕は眠ったのだと思う。

次の日には、僕はマンダルーヨン地区にあるボクシングジムに移動した。そこでの生活が始まって、もう2度とエルミタ・マラテに戻ることはなかった。
あの日の出来事は記憶にも曖昧な部分が多く、何だか非現実的だった。僕は本当にリサ・メイに出逢ったのだろうか?
でも手帳を開くと、リサ・メイが書き残した彼女の本名と住所がはっきりと記されている。リサ・メイの本名は「Chona・V・Cutay」。さてこの名はどう発音すれば良いのだろう?
・・・・まあ何でも良いか。リサ・メイは僕の中ではいつまでたってもリサ・メイなのだ。
「ねえ、アメリカに戻ったら手紙を書いてよ。楽しみに待っているからね」
そう言って、リサ・メイは僕の手帳に住所を書いた。
僕は手紙を書かないだろうと思う。でもあのジムのボクサーたちの活躍が続く限り、いつか再びマニラを訪れる機会はあるかもしれない。その時には、まだリサ・メイはエルミタ・マラテの街角に立っているのだろう。そして売春目当ての客か、或いは彼女の人生を変えてくれる誰かを待ち続けているのだろう。
しかし今度行ってみた時に、もしそこに彼女がいなくなっていれば、それはどんなにか良いだろう?そんな事を考える僕は、感傷的過ぎるだろうか?
あれから2年以上が経って、実は僕はリサ・メイの顔をもう殆ど思い出せなくなっている。でも彼女の腕に残されたヤケドの跡だけは、決して消えずに記憶の中に焼きついている。そして僕はその傷跡を、これから先も忘れる事はないだろうと思う。
「ホントはね、わかっているの、明日が今日と同じだって」
アメリカに戻った後で、僕はNYでテロ事件に直面し、その時、リサ・メイのセリフを強烈に思い出させられる事になった。
憧憬の言葉でリサ・メイが語った「アメリカ」は、以降、随分と変わってしまった。
彼女は今のアメリカを、いったいどんな想いで見ているのだろうか?
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