わたしの・すきな・ふうけい in L.A.



Text Photo By 宮田 有理子





学生のころ、尊敬していた陸上部の先輩が、口癖のようにこんなことを言っていた。
「夢は、想い続ければ、必ずかなう。もし、かなわへんかったら、それは、想いの深さが足らんかったということやと思う」
その人は、普段は優しいけれど陸上のことになるとものすごく厳しくて、いつも泣くほど練習していた。そして、“全日本インカレの参加標準記録を突破して国立競技場で走る”、という夢をかなえた。
もう10年以上も前のはなしである。

そんな遠い昔のことを、この夏、一人の少年に出会って、久しぶりに思い出した。
「こんなんやったら、世界チャンピオンになれんかいね?」
中岸風太というその16歳11ヵ月のボクサーは、練習中のみならず、日常的な行動を選択する時、たとえば何か食べる時でも、真剣な表情でそう問うのだ。休日にみんなで「冬のソナタ」のビデオ鑑賞会をした時には、
「こんな恋愛してみたいなあ。でもそしたら、ボクシング、終わってしまうから、あかんね」……と。

“金沢にスゴい少年がいる”と、はじめてその名を耳にしたのはいつだっただろう。昨年は、インターハイを前に、過去にプロ興行でスパーリングをしたという理由で日本アマチュア連盟から1年間の資格停止処分を受け、その取り消しなどを求めて裁判に持ちこみ、社会的存在にもなった。結局停止期限が切れて今夏、広島で行われたインターハイに出場したが、その後優勝することになるサウスポーに初戦で敗退。それから10日もたたぬ8月8日、高校2年生にしてすでに波瀾万丈のボクサーは、残りの夏休みをプロデビューの準備にあてようと、ロサンゼルスにやってきたのだった。
これからまる3週間、マック・クリハラ氏の特訓を受けるのである。これまでも、中学に上がる前から、世界王者・戸高秀樹や現OPBF王者であるジムの先輩・国見泰央らに帯同されて来ているが、5度目のLAキャンプは、初の単身渡米。金沢から羽田、羽田から成田、成田からLAと、はるばる一人で乗り継いできた彼を、マックさん、丸山礼子さんとともに、空港で迎えた。
細身の体にランニング1枚、ひざ丈に切ったジーンズをずらしてはき、スリッパをつっかけて、スーツケースを押していた。(海外一人旅だって、ぜんぜんたいしたことないわ)とでも言いたげにちょっと斜に構えていたが、ホテルへ行く前に寄ったスーパーマーケットの前で、パスポートや航空券などが入った透明のケースから「これで足りるかな?」と取り出した20ドル札2枚を握り締めている姿は、やはり少し不安げだった。

車の中での話題は最初どうしても、終わったばかりのインターハイのことになった。リズムに乗ってきていた2ラウンド、突然試合が止められてRSCOC負け(コンピューター採点で15ポイント差がつくと試合終了になる)が告げられたことには納得がいかないけれど、相手はスピードがあったし確かに強かった、という。だから控え室に戻って相手選手の姿を見つけると、自分の分も頑張って優勝してほしい、と言ったのだそうだ。彼が私たちに話したのは、それくらいである。勝敗について一方だけが語るのはフェアではないと知っているのだと思った。
そもそも、いろいろあった日本をしばらく離れてここに来た彼の心はもう、10月に予定されるプロデビューのことでいっぱいだったのだ。

「オトコやったら絶対、一度は世界一強い男になりたいって、思うもんやと思うよ」
3歳で空手を習い、小学校に上がると極真空手で鳴らして全国優勝も果たした。小2でカシミボクシングジムに通い出したのは、空手の打撃練習が目的だ。しかしそんな空手少年人生は、小学5年にして違う方向へ向かい出す。マックさんの一言によってである。愛弟子・戸秀樹の世界挑戦に際して来日していた名伯楽は、夢中で連打してみせる身長130センチに満たない小学生を見て、樫見会長にこっそり「この子は横道にそれずにいけば世界チャンピオンになれる」と言ったのだそうだ。それを聞いて風太君は、決心したという。

それにしても、以前、戸選手に聞いたことがあったが、マックさんの課すトレーニングメニューはものすごくハードである。しかも風太君、今回はじめてマンツーマンなのだ。
毎朝4時45分、ホテルにマックさんが迎えにきて、ビーチの波打ち際を8キロ走る。土曜日の朝だけはベッドにいることを許されるが、ジムワークが休みの日曜の朝は近所の学校のグラウンドでインターバル走がある。
そしてジムでは毎日、スパーリングだ。初めて見るその動きは、形が美しく、スピードがあった。そう感じたと告げると、彼は不満そうに、もっとパワーがほしいと言うのだ。「パンチもっとれば、試合、負けとっても最後まであきらめへんやろ」と。黒人のアマチュア王者に、以前は戸選手のパートナーだったメキシカン・ホープのローチャ、世界王者アントニオ・マルガリートとチームメイトの17歳ブライアン、そして元東洋太平洋チャンピオンの世界ランカー林田達生らを相手に、スパーリングに明け暮れる日々。高校生の若いカラダもさすがに疲れをとる間がないのだろう、一生懸命食べていてもどんどん、面やつれしていった。
「そりゃ練習はキツいよ。でもそれくらいやって、つぶれるか、世界チャンピオンになるか、やろね」

そして、トレーニング・キャンプも大詰めを迎えたころ。
マックさんにカレーをごちそうし、礼子さんと私にもブラックタピオカをおごってくれた風太君は、ぼそっと、「ずっとここおりたいな…」と言った。ここでスパーリングをしていると、強い人はごろごろいると実感するし、ヘコむこともあるけれど、強くなれると思えるからだという。そう話す彼は、会ったばかりの時よりも、たくましくなったように見えた。

いくらか覚えた英単語を連発するようになった風太君は、8月29日の朝、
「“Victory”しますっ!」
と言い残して、帰っていった。
9月3日に17歳になった彼は、デビュー戦から注目を浴びる運命を背負って、まもなく、プロの世界に足を踏み入れる。
今のあのいちずな気持ちを、どんな時も忘れずにいられたら。
きっと、夢はかなう、はずだ。





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