Good morning! How
are you?
で、あの人この人と握手、握手。
最初はこんなあいさつでさえスムーズにできなくて、ジムの扉を開ける時から緊張してかなりエネルギーを消費したが、ようやく少し、慣れてきた。
今年3度目のロサンゼルス・ステイである。
しかも今回は州立短大に通う女子大生(!)という身分。ずいぶん若いころから漠然とした願望があった留学なるものを、33歳にして実行してしまったのだ。この御時勢に無謀にも会社勤めをやめたのがちょうど1年前。またまた周囲を煩わせることを承知で、語学+αを吸収しようと、無謀を重ねることにしたのである。
今年2月、3年越しの約束を果たすべく、LA在住プロボクサー丸山礼子さんの元を訪ねたのが、すべての始まりだった。彼女の人柄や生き方に触れたり、10年ぶりに再会した親友の叔母さん(アメリカ生活40年!)に“行動あるのみ”と言われたりして、ダイレクトに背中を押されたのもある。でももし、礼子さんが私をジムに連れていってくれてなかったら、結局、重い腰を上げることはなかったんじゃないかと思う。
そこには、あちらこちらにココロひかれることや“?”なことがあったのだ。
平日の朝から見学席(?)に座り、新聞見たり練習見たりしてぐちゃぐちゃとスパニッシュ(だと思う)で談笑しているおっちゃんたちは、いったいナニモノだろうと思うし、いつもニコニコしながら人差し指立てて“オライ、オライ(All
right)”と繰り返す、いかにも人の良さそうな黒人トレーナーや、人生を悟りきったような風情を漂わせて黙々と練習するメキシカンも、とても気になった。
日本人に比べて本場の人たちはドライだというイメージを持っていたが、そういう人もいればそうじゃない人もいるに違いない。言葉の壁を超えて、話を聞いてみたいと思ってしまった。正直、いまは限りなく皆無に近いくらい英語の“話す”“聞く”ができない。冷静に考えれば、1年や2年でそこまで意思疎通ができるようにはならないであろうことはわかるのだが、はなからあきらめてはいけない。恥をかきながら、脂汗をかきながら、コミュニケーションを試みるつもりである。そして、その中で見つけたものを、ここで報告したいと思っている。
さてさて、そんなわけでやってきたLos Angels。カレッジの授業がスタートするまでは、とにかくボクシングを存分に楽しむつもりだったので、さっそくジムに行き、メキシカンのおじさんたちのように見物席に座った。それだけでもかなり満足だったのだが、米国上陸翌々日の7月31日には、ともだちの車に便乗させてもらい、エリック・モラレス対カルロス・エルナンデス戦を見にラスベガスまで遠出することにした。節約生活を心に決めてきた留学生には贅沢が過ぎるかと思ったが、しょっぱなの景気ヅケである。トリプル世界タイトルマッチだし、フリオ・セサール・チャベスJr.のスペシャル4回戦(世界戦の間に挿入。入場曲付。かなりの特別待遇)もあるし、おトク感はある。……といっても、200、300ドル出すほど気前よくはなくて、なんとも中途半端な100ドルのチケットを買った。
最初はガランとしていたMGMグランドガーデンが、徐々に人で埋まっていく。そこらじゅうに大小さまざまなメキシコ国旗が見える。私の両隣も、どうみてもメキシカン。モラレスのファンかと聞いてみたら、やはりどちらもそうだった。身振り手振りと片言でしばらく話をしていたが、そのうち彼らはどんどんハイテンションになっていった。
リング上では、ひときわ小柄なWBOミニマム級王者イバン・カルデロン(プエルトリコ)が長身の好戦派ロベルト・レイバ(メキシコ)に押されながらもアウトボクシングで判定勝利をさらって大ブーイングを浴び、IBFバンタム級王者ラファエル・マルケス(メキシコ)は同胞エリベルト・ルイスを3回に右アッパー一撃で沈めて喝采を浴びた。(その間にひょろりとしたチャベスJr.がワンサイド判定勝ちを収めている)。
そして、メインイベントのセレモニーが始まった。
初めて耳にする歌が、会場に響く。男声が独唱するその重厚感ある歌が、エルサルバドル国歌に違いない。IBFスーパー・フェザー級王者カルロス・エルナンデスは、米国とエルサルバドル、二つの国籍を持つ(両親がエルサルバドルから米国に移住)。彼は、激しい内戦を経験した母国に初めて世界タイトルをもたらしたスポーツ・ヒーローなのだ。メキシコ国旗に囲まれて肩身が狭そうだった白と水色の国旗が、サポーターによって懸命に振られていた。
聞き慣れたメキシコ国歌の大合唱が終わると、いよいよ両者の入場。カルロスは大ブーイングに、WBC王者エリック・モラレスは、大歓声に迎えられた。
試合はまったく、モラレスのワンサイドだった。そもそも、WBCとIBFの王座統一戦とはいえ、それは予想されていたことだ。エネルギッシュなアタックを繰り返す短躯のエルナンデスを、無表情な“エル・テリブレ”モラレスが下がりながら迎え撃つ。その左右のアッパーで何度、エルナンデスのアゴを跳ね上げたことか。けれど、どちらが強いか弱いかの尺度でなく、どちらが自分の印象に残ったかといえば、圧倒的にエルナンデスだ。大げさなくらい上半身を左右に振りながら愚直に前に出続ける姿だった。彼は、そうするしかなかったのだ。
6ラウンドにWBC王者の右カウンターをまともに食ったときにはさすがに膝が折れかけたが、エルナンデスはそのときもダウンを拒みきり、そのあとも、モラレスの右ストレートをぽんぽんもらいながら、戦闘意欲はいささかも衰える様子がない。そしてとうとう最終回開始のゴングを聞く。
と、その時、なんとエルナンデスはモラレスにHugを求めたのだ。
体が離れたとたん、火のような打ち合いが始まり、また、モラレスのアッパーに何度もアゴを跳ね上げられた。が、ついに最後の最後まで、自分のスタイルを貫き通したのである。セコンドに肩車されたエルナンデスは躊躇することなく両拳を挙げていた。
MGMのアリーナからホテルの外に出るまでは、けっこうな距離があって、この日はメキシカンがやたらとはしゃいで、“モラレスが……(何と言っているかはわからない)”と叫んでいた。そんな中に、白と水色のエルサルバドルの国旗を頭からすっぽりかぶって、背を丸めてとぼとぼ歩く人がいた。
数日後のスポーツニュースで、その試合後の両雄の記者会見映像が出ていた。エルナンデスは、美しいベロニカ夫人に肩を支えられて、号泣していた。情けないことに、なにを言っていたかわからなかったけれど、国旗をかぶって帰っていったファンの姿も思い出されて、カルロス・エルナンデスが持っていた世界チャンピオンの称号の重さを、この統一戦に立ち向かった思いの深さを、考えさせられた。
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