父と息子 1
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しばしばボクサーたちの人生には、人生を左右する存在として“父”が登場する。兵庫県加古川にもそんな父子がひと組。それも強烈な。日本バンタム級ランカー・熟山竜一と父・進之助JM加古川ジム会長である。
熟山竜一には「生命の危機」を感じた経験がある。ボクシングで、ではない。私生活、それも自らの父によって。時は定時制高校二年。インターハイ王者となってほどなくのことだった。
父・進之助は結婚後10年で妻と離婚しており、男手一つで3人の子を育てていた。朝から夕刻まで仕事に出る。戻れば自身のジムで練習生の指導にあたる。ジムは手作り。まだ現役だった30歳のとき、会長自ら材木や鉄筋を運び入れトンチンカンチンと建てたものだ。その借金も抱えていた。返済額は月々32万。ジムを閉めると明け方近くまで、また肉体労働に出た。1日2.3時間の睡眠を365日。
「そのうち死ぬで」
鬼気迫る形相で働き通す男に、周囲は畏怖の目を向けた。
それもこれもボクサーを育てるため、息子を世界一にする夢のためであった。眼疾により夢半ばでボクサー人生を終えた元ボクサーの父は、三人いる子供のうち唯一の息子、竜一に夢を託し、小学2年から一人前のプロ同様の練習を課してきた。息子のことは決して素質がある、とは見ていなかった。ジムには竜一と年齢の変わらない、西岡利晃(現帝拳ジム)という天才的素質を光らせる少年が通ってきており、二人並べば素質の差は歴然としていた。だからこそ息子にはひたすら努力すること、その必要性を叩き込んだ。
そうやって情熱を注い続けてきた息子が、17歳、インターハイで優勝したとき父はどれほどの喜びを味わったか。
ようやくスタートに立った、これからや……。どんどん行くでぇ。目指すはオリンピックや!
だが、期待で胸膨らむばかりのその矢先。父は竜一に信じがたい言葉を突きつけられたのだった。
「……ボクシング、やめたいねん」
「な、な、なんやて……」
何が起きたのか。が目の前の息子は、せっぱ詰まった表情で積年の思いを吐き出してくる。
「もうしんどいねん。……俺はボクシングなんか、嫌いやッ!」
…………。
夢が、息子が、自分の手から逃げようとしていた。
絶望。父はとっさにそばにあった鉄の棒をひっつかんだ。いまだ増築中のジムには鉄材や材木がゴロゴロとあったのだった。ギョッとし身構える竜一に、父はその腕めがけて振り回した−−。
そのときの絶望感を、会長は今もよく覚えている。
「オリンピックを目指しとったからね。それをやめたいと。そんなん急に言われてこっちとしては諦めつかんから、頭真っ白やから、それであの子の腕、叩き切って諦めようゆうことにしたんやけどね」
壮絶な話を実に穏やかな口調で振り返るのである。
「……竜一、よけたんや。かわりに玄関にぶち当たったものやから、玄関にはあのときの傷がまだついとるよ」
あの、それは一歩間違えれば大変なことになっていたのでは……。
「そう、それであの子家出ていったんやけど、今となっては飛び出してくれてよかったと思うな。あのままおったら事故になっとかもしれん、うん」
しみじみと言い、それから恥ずかしそうにフッ、と笑った。
竜一が半強制的に加古川ジム練習生となった、小学2年生当時のことはよく記憶している。
まず登校前の早朝、4キロを走るのが日課とされた。そうはいっても好んで走るわけではない。雨の日や寒い雪の日などいつまでも布団にくるまっていたい。六時。寝床でぐずる竜一に、父は容赦なかった。
「起きんかいっ」
ザバッ。
頭から冷水をぶっかけられた。布団はずぶ濡れた。かばってくれる母はいない。水を吸った重い布団を小さな体で運んで干すと、半ベソかきながら表へ出た。放課後からのジムワークは、ほぼ毎日、軽量級であるが中・高校生とスパーリングをやらされた。
「ずっと人間サンドバッグ(笑)」
だって当たり前やないですか。と竜一は述懐する。
小学生低学年と中・高生ではリーチも身長も何十センチと違う。やられ専門。日々一方的にどつきまわされた。それでも手を出さねば父の雷が落ちる。泣きながら手を出した。
「あの頃は、なぜ自分はこんなことしてるのかという疑問も持ってなかったし、むしろ当たり前のことという感覚でした。それぞれ家庭で役割があるでしょう。フロ掃除とか洗濯とか。僕の担当はボクシング、と」
元ボクサー、現ジム会長の父。住居の階下にリングはある。逃げ場はない。物心ついた時分から、周囲の大人たち10人が10人、
「将来は世界チャンピオンやな!」
と頭をくしゃくしゃと撫でた。
「だからそれが当たり前の生活だったし、ただ通いの練習生だったら間違いなくさぼってるし、今頃、確実に、違う人生を歩んでました」
中学に上がりスパーリング・パートナーたちと体格が互角になる頃には、「攻め専門」へと変貌を遂げ、練習がイヤ、スパーリングが辛いと思う気持はなくなっていった。
積極的にでもなく、流れに身を任せる日々。
転機は高校入学してまもなくやってきた。
「なんで自分はボクシングしてるのかという気持が強くなってきたんですよね。定時制で友達は昼間仕事して。僕もバイトはしてたんですけど1年のときに震災がありまして、その復興で現場仕事してる連中の稼ぎが半端じゃなかったんですよ。16歳とかのやつが50、60万持ってる。いいなーって思うやないですか。ボクシングやめて仕事したらこんなに稼げるんやなー、ボクシングなんてやってられへん。何が欲しいじゃなくてただお金が欲しいって。すごい大金に思うわけですよ。なんでもできるって錯覚した。でも自分には周囲の期待とか背負ってるものがある。……よしインターハイとったらボクシングやめようと。ひとつ結果出したらまわりも許してくれるやろと。
で実際にインターハイ優勝した。そのとき、まわりに対して、見たか、俺、日本一なってすごいねんど、って気持ちがなかったんですよ。重荷がとれたという感覚しかなかった。ただ解放感があるだけで、喜びがなかった。ああ、これはもうだめだと」
勇を鼓して竜一は父に決意を告げ、はたして家を飛び出すことになった。
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