僕が滞在したジムの看板ボクサーが、当時WBC世界フライ級10位のランディ・マングバット選手だった。
ランディは元フィリピン・フライ級チャンピオン、元PABAフライ級チャンピオン。そして2001年7月現在はWBCフライ級インター・チャンピオンで、フィリピン・ボクシング界指折りのホープとして名を成していた。
ランディは2001年7月28日に、元世界王者で当時WBC2位、「天才」の名を欲しいままにする強敵マルコム・ツニャカオとの挑戦者決定戦を控えていた。僕はその大一番を前にしたランディと、試合前2週間の行動を共にできるという幸運に恵まれたのだ。
ランディ・マングバットは1975年生まれ。同い歳ということもあってか僕はランディにひと際の親近感を感じ、ヒマさえあれば片言の英語、日本語、タガログ語の入り混じったメチャクチャな言葉で、彼と頻繁に話をした。
それにしても彼は、何とも屈託が無く、生き生きとして夢を語る。王者の奢りなど微塵も無い、心優しいチャンピオンだった。
「日本、NY、フィリピンか・・・・・・。凄いな、たぶんダイスケは金持ちなんだね。いいなぁ。僕も金持ちになりたい。もしも金持ちになったら、マニラじゃなくて故郷のダバオで暮らしたい。マニラは騒がしいし危ない街だからな。それに空気が汚染されているから星も見えないだろ?ダバオだったら・・・・・・想像出来るか?毎日、満天の星なんだぜ!」
フィリピンでは日本と同じように、世界王者になった一部のボクサーを除いて、ランディのような一流選手でも生活は苦しいままなのだ。
「ダイスケはまだ結婚してないのかい?僕はもうワイフと2人の子供がいるんだ。生活が厳しくて大変だよ。ファイトマネーの蓄えもこの間母親が死んだとき、故郷で全部使ってしまった。下の子はまだ4ヶ月なのに・・・・・・。ダイスケもまだボクシングを続けるつもりなら結婚はしない方がいいよ(笑)」
28日の試合は、現地のテレビでゴールデンタイムに生中継されるほどの大きな興行だった。その記者会見、公開スパーリング、計量、と同行する中、僕はランディの心優しさに何度も心を打たれたものだった。多くのフィリピンボクサーが合宿するジムに、突然飛び入りで泊まり込んだ僕に対して、彼はどれだけの気遣いをかけてくれたことだろう?
「ダイスケ、そんなところに独りでいないでこっちにおいでよ。みんなで話そう」「ここの窓際に立ってごらん、ダイスケ。ここなら涼しい風が入ってくるよ」
自分は減量が苦しくて何も食べられないのに、僕のために食事を用意して持ってきてくれたこともあった。
どんな国に行っても、僕は必ずジムか試合会場を訪れることにしている。そして日本、アメリカ、韓国などで大勢のボクサーに接してきたけれど、しかしランディのように謙虚で思いやりを忘れない、そんなチャンピオンに出逢ったのは初めての経験だった。
「ダイスケ、サンキュー。サポート、サンキュー」
こんな素晴らしい人間性を持ったボクサーに、心惹かれない者がいるだろうか?
試合前々日の夜、ランディは真剣な表情で僕に言った。
「今度の試合はとっても大事な試合だ。ツニャカオは強い、僕にもわかっているよ。もし負けたら、僕はたぶんボクシングを辞める。辞めて、ダバオに帰って働くんだ。ダバオには父親と兄弟がいて、人々はみんな優しいんだ。もし負けたら、僕はダバオで生きていくよ」
前王者ツニャカオとの、生き残りをかけた「挑戦者決定戦」。その試合は、ボクサーとしてだけではなく、ランディ・マングバットの人生そのものを左右するような、重要な意味を持つ試合だったのだ。

7月28日、「カジノ・フィリピーノ」内特設リング。PM8:30。
「ミッション・インポッシブル」のテーマを入場曲に、マネージャーを先頭に、ジムメイトたちを後ろに従えて、ランディ・マングバットは決戦のリングに向かった。僕も列の一番後ろから、チームの一員としてランディと共にリングへの花道を歩いた。
僕は普段、人の名前や発言をすべて覚えている事だけが自慢だったのだが、このあと試合開始のゴングがなってからの記憶は殆ど定かではない。メモを取っていたノートを見ても、書いた本人が見てもまるで判読不能の文字が悲鳴を上げている。
──ランディ、ボディ!ボディー!相手効いてるんだよぉ!
日本語で叫び散らし、後で同僚たちに笑われる事にもなった。
ランディは前に、前に出た。空振りしても、相手のパンチを浴びても、前に出続け、ボディブローを打ち込み続けた。ラウンド終了ごとに、セコンドに就いたトレーナーはガッツポーズ。ランディの優勢は誰の目にも明らかだった。
4R途中、偶然のバッティングで対戦相手のツニャカオは額をカット。血が流れ出した。試合続行に支障のない傷にも見えたが、ツニャカオは自らストップを主張。
顔をゆがめ、リングに膝をつくツニャカオ。「天才」と呼ばれた面影は、もうまったく残っていなかった。そこで試合は終わった。
規定のラウンドに達していないため、負傷引き分け。しかし終始攻め抜いたランディと、試合続行を諦めたツニャカオ、どちらが勝者であったのか、試合を観た誰もが理解していた。ランディは最後まで、王者らしく堂々と戦い抜いたのだ。
試合が終わって、控え室。2人の子供たちを抱き寄せているランディ。チャンピオンベルトを巻いたランディの周囲で、カメラのフラッシュが盛んにたかれている。
僕の姿を見つけると、またヘタクソな英語で彼は言った。
「ごめんね、勝ちたかったんだけど。あーあ。ツニャカオのヤツ、逃げやがって・・・・・・。まぁでも仕事は終わったよ、ダイスケ、サポート、本当にありがとう。もう明日には日本に帰るんでしょ?」
??うん。朝8時の飛行機だから、早く出ないとね。
「If you come back PHILIPINES again, me, very happy.
Because you are very nice friend.
Everyday, remember you. Daisuke, Thank you very much.」
試合の興奮でエモーショナルになっていた僕は、それを聞いて堪え切れずに、控え室のトイレに駆け込み、たった独りで涙を流した。
(vol.3タイでの世界挑戦篇に続く)
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