戦士と語る=現場編=その19

元東洋太平洋バンタム級チャンピオン
Text By 新田 渉世
Photo By 山口 裕朗


JBスポーツジム
篠田朋恒トレーナー

 「コイツは、早く居酒屋へ行きたくてしょうがないんだよ―」傍らでニヤニヤと高橋直人会長が笑っていた。

 今月はキクチジムの菊地寿江マネージャーから御紹介いただき、JBスポーツの篠田朋恒(ともゆき)トレーナーを訪ねた。
「戦士と語る」でJBスポーツに来るのはこれで3回目となる。他の用事では、何度となくお邪魔をしてきたが、「戦士と語る」としては、かれこれもう5年も前に高橋直人会長を、そしてその御紹介で当時JBジムトレーナーを務めていた打越昌弘氏を訪ねて以来のことだった。
お話しするのは今回が初めての篠田さんだが、ニコニコと名刺を渡してくれた際の笑顔は、何だか初めて会う他人とは思えないような雰囲気をかもし出していた。「誰かに似てるな・・・」そうだ、ホンジャマカの石塚だ! 顔がそっくり―というわけではないが、かもし出す雰囲気が何となく似ている。(心外でしたらゴメンナサイ)

東京都足立区出身。男3人兄弟の末っ子。ボクシングは駿台高校のボクシング部入部がきっかけで始めた。中学時代はサッカー部だった篠田さん、「オレ、サッカーは下手くそだったんですよ。ボクシングなら多分みんな初心者だから同じスタートを切れると思って・・・ハハハ」
菊池寿江マネージャーとは、駿台高校時代の同級生。寿江マネの父君である菊池萬蔵会長のお力を借りて、いつもボクシングの試合チケットを手配してもらっていた。「ホント寿江には頭が上がんないんですよ!」
篠田さんは駿台高校卒業後、帝京大に進学しボクシング部で活躍したが、4年生の時に腰を痛めて現役を引退。アマ通算戦績は(多分?)35勝10敗だった。インタハイ準決勝では、あの元世界タイトル挑戦者で、東洋太平洋フェザー級王者の松本好二さん(「戦士と語る」Vol.14)をノックアウトしたことがあるというから、その強さは想像に難しくない。「いやあ、あれはまぐれですよ・・・」と篠田トレーナーは謙遜する。「ただ、ことある毎にその話ばっかりするもんだから、彼に『いい加減にしてくれ』って言われるんですよ。ハハハ」
篠田さんの同期には、その松本好二さん以外にも凄いメンバーが揃っている―川島郭志、鬼塚勝也、星野敬太郎、辰吉丈一郎、ピューマ渡久地、葛西裕一・・・、ワオッ!一体何なんだこの年は?!「みんなアマチュア時代からよく知った仲でしたね」

4年生で腰を痛めた篠田さんは、そのままコーチとして約10年間、帝京大に残留した。その間に同大ボクシング部を3部から1部まで昇格させ、最後の3年間は専属コーチとして指導に情熱を傾けた。指導者としての才覚は、選手としてのそれを上回っているのかもしれない。
その頃から直人会長の所属していたアベジムとは、試合や出稽古などで親しく交流をしていた。そして、やがてJBスポーツを立ち上げた直人会長をサポートするようになったのである。「直人会長の試合は、ほとんど会場に足を運んで観戦してきましたからね」例によって寿江マネに手配してもらったチケットで、篠田さんは高校時代からずっと直人会長を見続けてきた。現在は、帝京大のコーチを退き、JBスポーツのトレーナーとしてその才覚に磨きをかけている。
JBスポーツは、漫画「はじめの一歩」の作者である森川ジョージさんがオーナーであることでよく知られているが、その中に登場する“篠田トレーナー”は、正にこの篠田朋恒氏がモデルとなっているらしい。
現在は、午後6時半から9時くらいまで、元日本ミニマム・Lフライ級王者の横山啓介を始め、3人のプロ選手と2人のプロ予備軍を担当している。話の最中に、ひょっこり顔を出した横山啓介と言葉を交わしていた篠田さんの笑顔を見て、「この人はやっぱり良いトレーナーなんだな」と感じた。
また、週末は千葉県の西武台千葉高校でもコーチとして活躍している。その教え子の何人かは、卒業後にJBスポーツに入門し、プロとして頑張っているということだ。こうしたアマチュア界とのつながりが、日本ボクシング界全体のレベルアップにつながるはずだ。「どうして“アマボクシング界”と“プロボクシング界”は、仲が悪いんでしょうかね?」篠田トレーナーも残念そうにつぶやいた。本来、アマの延長線上にプロがあるべきで、本場アメリカのプロボクサー達も、皆アマチュアとしてかなりのキャリアを積んでからプロに転向している。―しばし、プロ・アマ論議で話が盛り上がった。

高橋直人会長が、またニヤニヤしながらやって来た。「まだやってるの?もうコイツは(居酒屋へ)行きたくて行きたくて仕方ないはずだよ!」―確かにお話しを伺った部屋は、エアコンが入っていた割には蒸し暑く、篠田トレは額の汗をしきりに拭いながら微笑んでいた。
「それでは、そろそろ行きましょうか!」と、私はスッと腰を上げた。気になっていたこともクリアになっていたので、心置きなくビールを喉に流し込むことが出来る!
―というのは、昨年の10月、篠田トレーナーは“クモ膜下出血”で倒れて1ヶ月間入院したというのだ。担当選手の試合の後、我慢出来ないほどの頭痛に襲われ、一晩安静にしていたが回復せずに入院した。手術をして大事には至らなかったというが、“クモ膜下出血”といえば何かしらの後遺症が残るのが普通ではないだろうか。ところが、篠田トレーナーは僅か1ヶ月で退院。選手指導も以前と変わらずに出来るという。お酒も「普通に飲んで全然大丈夫!タバコだけは看護婦さんから『ダメ!』って言われてるんで・・・」
“看護婦さん(今は看護士さん)”に言われたから、約束を守っているようにも聞こえたが、何にしろ一緒に飲めることが嬉しかった。我々はさっさと身支度を整え、JBスポーツ近くの居酒屋へ直行した。
以前にも入った刺身の旨い店で、琥珀色の泡だった液体を喉に流し込む篠田トレーナーは、本当に幸せそうな笑みを浮かべていた。速いペースで、次から次へとジョッキを空けてゆくホンジャマカ・・・じゃなくて篠田トレーナーの笑顔をみていると、こちらも何だか幸せな気分になってくる。そんな不思議な雰囲気を持った“戦士”と出会えた幸せな夜だった。




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