戦士と語る=現場編=その18

元東洋太平洋バンタム級チャンピオン
Text By 新田 渉世
Photo By 山口 裕朗


キクチボクシングジム
菊地寿江マネージャー

 小さい頃から遊び場はジムかホールでしたね・・・

 松戸平沼ジム二代目会長の平沼恒之氏からご紹介いただいた今月の“戦士”は、本コラム初の“女性戦士”―キクチボクシングジムマネージャーの菊地寿江(ひさえ)さん。

 このところ一丁前に多忙を極めている私だが、もはや“ライフワーク”と化している「戦士と語る」である。今回もワクワクした気持ちで、東西線南行徳駅に程近いキクチボクシングジムを訪ねた。今回は(というより今回も)先輩ライターの丸山幸一氏とフォトグラファーの山口裕朗氏が同行してくれた。

 目の前にはロードワークにちょうど良さそうな広い公園がある、静かな環境のテナントビルに、ガラス張りのボクシングジムの明かりが見えてきた。扉を開けてあいさつをすると、「よう!」と“強面”の菊地萬蔵会長と、ニコニコ笑顔の寿江マネージャーが我々を招き入れてくれた。こじんまりした、アットホームな感じのジムだ。新田ジムと広さはそう変わらないが、会長室がある! う〜ん、やっぱり羨ましい・・・

 まあそれはともかく―、キクチジムは元日本フェザー級王者の菊地萬蔵会長と2名のトレーナー、そして萬蔵氏の娘さんであるマネージャーの寿江さんというスタッフで運営している。15時から21時までの営業で定休日は水曜。(日曜祝日は12時から16時)現在プロ選手は5名という概要だ。

 今回の“戦士”である菊地寿江さんは、業界でも珍しい“女性の2世マネージャー”として日々奮闘している。女性の業界進出が著しい昨今ではあるが、“2世”としてはまだ稀有な存在である。

 実はこの取材日の前日、キクチジムと新田ジムは同じ興行に参加しており、寿江さんとは同じ控え室で顔を合わせていた。お会いしたのはこれが初めてだったのだが、試合に出る選手を厳しく指導する姿を見て、「うっ、ちょっと恐い人かも・・・」というのが第一印象だった。中学、高校と女子バレーボール部に所属し、上下関係が厳しい中で過ごしてきた寿江さんは、ジムでも選手達には言うべきことは厳しく言うようにしているという。


 寿江さんの父君である、キクチジム会長の菊地萬蔵氏には、ちょっとしたご縁を感じていた。昨年ジムを開設し、毎年年末におこなわれている日本ボクシング協会の忘年会に初参加した私は、会場へ向う熱海駅でバス乗り場を探して迷っていた。すると駅の方から“堅気”とは思えない風貌の菊地会長が、「おお、新田会長じゃないか!」と声をかけて下さり、一緒にタクシーに乗せていってくれたのだ。“一昔前のボクシング漫画”に出てきそうな、個性的な風貌の菊地会長を後楽園ホールなどで見かける時、私はいつも「うっ、ちょっと恐い人かも・・・」と感じていた。そんな菊地会長が、話したこともない私のような新参者にあちらから声をかけて下さり、一緒にタクシーに乗せていただけるなんて!

 面白い逸話がある。実はあの“一昔前のボクシング漫画”「あしたのジョー」に出てくる丹下段平は、なんとこの菊地萬蔵氏がモデルなのだそうだ。「お父さんと漫画家のちばてつやさんは、仲がいいんですよ」寿江さんからその話を聞いた時、子供の頃「あしたのジョー」を読んでプロボクサーの道を志した私は、何とも言えない感動を覚えた。


 三十数年前(?)、寿江さんが産声をあげた頃、既に菊地家のお住まいの1Fはボクシングジムという環境だった。父君が現役を引退した後のトレーナー時代、そしてキクチジム設立後も、寿江さんはずっとボクシングのそばで育ってきた。

 学校を出てから3年ほどOLをしていた時代もあったが、毎日同じことの繰り返しという生活に、何か満たされないものを感じ、萬蔵氏に「ジムを手伝いたいんですけど・・・」とお願いしたのがこの世界に入るきっかけとなった。

  「まだまだ分からないことばっかりです」と謙遜する寿江さんだが、ジムの切り盛り一切をほとんど任されている。選手や練習生のコーチもこなしてしまう。教え方などについて迷う時もあるが、他のジムの親しい人から聞いたりして勉強しているという。

 ジムのリング脇では、昨日試合に負けて控え室でしょげていた選手とも、キャリアのない練習生達とも、寿江マネージャーは楽しげに会話を交わしていた。それは“厳しさ”の中に“優しさ”を兼ね備えた素敵な姿だった。「ちょっと恐い人かも・・・」という印象は、少しずつ変化してきた。


 「父とは、仕事の事ではよくぶつかりますね」寿江さんは、菊地萬蔵会長との関係について話してくれた。やはり一緒にいる時間が長いし、実の親子という関係は、必ずしも仕事をする上で最適とは言い切れない。しかし、寿江さんは「お父さんのことは尊敬しています」ときっぱりと言い切った。むしろ「お父さん、大好き!」という雰囲気が伝わってくる。「お父さんの現役時代の試合を見てみたいですね。周りの方は『凄かったんだよ』と言って下さるんですけど、ちゃんとした映像が残ってないんです」と、残念がる。そしてなんと、寿江さんは小さい頃から一度も父君を嫌いになったことがないのだそうだ。普通、女の子は誰でもお父さんを嫌いになる時期があるらしいが、寿江さんにはそんな時期はなかったという。

 先月に引き続き、私事で恐縮だが、小学6年生の娘を持つ父親としては、こんな“希望に満ちたお話”が聞けただけでも、今回の取材は大変意義あるものだったといえる。いつか娘が、「ジムを手伝いたいんですけど・・・」なんて言ってくれる日が来たらどうしよう・・・。いかん、完全に公私混同、親ばか丸出し状態に陥ってしまった。


 寿江さんが、ジムの仕事をしていて一番嬉しいと感じるのは、「小中学生の練習生がきちんと挨拶を出来るようになった時」だという。女性マネージャーならではの視点かも知れないが、それは男の私でもかなり嬉しい出来事のひとつである。ボクシングジムには、そんな不思議な力があるのだと思う。どんな子でも、だんだん声が出るようになってくるものだ。青少年育成、人間教育の場としてのボクシングジム―日本ではまだまだ認知されていない捉え方かもしれないが、訴え続けていきたいと考えている。

 そしてもちろん“指導者”としの寿江さんは、「選手が、教えたことが出来て試合に勝った時が一番嬉しいです。反対に、負けた時が一番辛いですね」と熱く、そして温かく語る。昨日の控え室での様子や今回の取材でお話を伺う中で、寿江さんは、本当に生粋の“ボクシング人”なんだなと感じた。趣味を尋ねると「陶芸に凝ってるんですよ!」と興味深い一面も披露してくれた。しかし、ジム定休日の水曜でさえ、「近隣の親しいジムへ遊びに行って過ごしてます!」というから、やっぱり寿江さんにとってジムやホールは、小さい頃からの“遊び場”のようなものなのかもしれない。


 少しずつ二代目世代が力をつけてきている。彼らに取り残されないよう、私も頑張っていこう―そんな風に思った。




新田ジムホームページ



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