拳闘書感想譚
推理の中のボクシング
『タイトルマッチ』 岡嶋二人著
Text By 中津川 一路



 岡嶋二人というのは、「おかしな二人」をもじったというペンネームだ。徳山諄一と井上泉という二人の共同作業によって生まれた作品は、どれも完成度が高く、多くの賞を射とめ、ファンも多い。


 最初に読んだのは二人の最後の長編(と後で知った)、「クラインの壺」だった。正直はまった。立て続けに「焦げ茶色のパステル」や「クリスマスイブ」、ゲームブック「ツァラツゥストラの翼」などを、目に付くまま手に取り、立て続けに読んだ。そして、どれも楽しめた。

 ただ、この『タイトルマッチ』は避けていた。

 自分が知らないゲームの世界を描いていた「クラインの壺」は、新鮮な感動を与えてくれ、そのディティールは自分の好奇心を刺激したが、この『タイトルマッチ』は自分が良く知る世界の話だったからだ。アラが見えてしまうのが怖かった。映画やTVドラマで、前段で語られた感動的物語も、ぎこちない素人のシャドーボクシングによって、現実に引き戻されてしまうように。

 裏表紙の紹介文に「元世界ジュニア・ウェルター級チャンピオン」とか「息子が誘拐された。」「義弟が挑む。」と言う文字を見つけて、その思いはもっと強くなってしまった。

 世界ジュニア・ウェルター級チャンピオンは、今まで日本に3人。藤猛、浜田剛史、平仲明信・・・。どれも国内では圧倒的な実力者だったし、稀有なハードパンチャーであるし、そのタイトル挑戦にたどり着くまで、どれだけ遠い道のりが待っているか、ファンにはわかってしまっている。挑戦者すら極少数で、とても同じジムに代わりの挑戦者がいるようなクラスではないのだ。まして、アジア圏ならいざ知らず、アメリカのスーパーライト級のチャンピオンがどれだけの実力があるか、僕らは知ってしまっている・・・と、あらを探すつもりはなくても、どうしても目に入ってしまう。ボクシングをあまり知らない人には、タイトルマッチ前後の描写も楽しめるものかもしれないが、知っている者にとっては、「これは推理小説なのだ。」と虚構を確認させてしまうものだった。きっとボクシングを知らなければ、もっと楽しめたのは間違いない。

 「2日後の世界タイトルマッチで、ノックアウトで勝て。」と重松ジム・琴川三郎に電話が入る。でないと誘拐された、元世界チャンピオン・最上永吉の息子を殺す、と犯人は言う、というプロローグで物語は始まる。犯人候補者は、重松ジムに恨みを抱くジムの会長、琴川にランキングを奪われた城所、琴川の同僚・種村など。ディティールについて、よく調べているのがわかるし、似たようなことも現実にあっただろう、とわかるのだが、自分の中では浮いてしまうのはなぜなのだろう。ボクシング界のどろどろした嫉妬渦巻く部分を取り入れているが、かえってその内幕がますます推理小説であることを、意識させてしまう。まあ、それでよいのだろうけど。

 ボクシングを元にした、エンターテイメント・フィクションは難しい。ノンフィクションやドキュメンタリーはともかく、フィクションは現実のボクシングほどのエネルギーは持たない。優秀な作家がどれだけ巧緻を凝らしても、リアルに近づけようとすればするほど、リアルでなくなってしまうという、むなしい現象が起こるのは、なぜなのだろう。



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