喫茶店でコーヒーを飲みながら、スポーツ新聞にひととおり目を通した後、届いたばかりのラグビー・マガジンをぱらぱらとめくっていて、思わず「おぉぉぉっ!」と叫びだしそうになってしまった。
見覚えのある顔が、こっちを向いていたからである。
どアップで。
名前は大隈隆明。
もし、この名前を聞いて「あっ」と気づいたら、あなたはそうとうマニアックなボクシング・ファンに違いない。
そう、2000年インターハイ・ミドル級で準優勝した、島根・江の川高校の大隈だ。
その彼が今、創部80年の伝統を誇る法政大学ラグビー部の主将なのだという。
170センチ80キロ、ラガーマンとしては決して恵まれているとはいえない体格の新キャプテン。そのインタビュー・ページのタイトルは、
Hardest.
血気盛んなハードタックラー。泥まみれの闘将。
そんな表現の一つ一つから、彼のスタイルが目に浮かぶ。
大隈隆明は、リングの上でも猛烈なファイターだった。といっても、準決勝と決勝を見ただけなのだが、とくに決勝は、182センチのスマートなアウトボクサー小杉公俊と短躯でゴツゴツした大隈はあまりに対照的で、その真っ正直なアタックが、闘志の塊が動いているみたいでものすごく印象的だったのだ。
たしか準決勝の後に「実はラグビー部で……」という話を聞いたのだったと思う。
江の川高ラグビー部員はみな体を鍛えるためにクラブを掛け持ちしていて、夏は別の顔を持つ。自分は相撲でも全国大会を経験した、というような話をしていた。
それでも一対一の勝負で、しかも決勝で敗れたら、悔しくないわけはないと思うのだが、準優勝に終わった後、もう気持ちは、すでに始まっているというラグビー部の合宿にすっかり向かっていた。「これから速攻、合流します。減量で落とした分の体重を戻さないと」。
インターハイ決勝を含む8戦6勝(5KO)2敗がおそらく生涯戦績。きっとあの後はわき目も振らず、ラグビー部のキャプテンとして猛進したのだろう。その5ヵ月後の2001年元日、全国高校ラグビー大会が行われている花園ラグビー場で、私は大隈と再会した。
江の川は、大男が集結する強豪・京都の伏見工に完封負けを喫し、チーム初のベスト8入りを逃していた。体格差がわかりすぎるくらいわかる戦い。何度、担架が出動しただろう。
攻防両方の機動力となるフランカーという重要なポジションにある大隈の果敢なタックルを見て、リング上のファイターぶりは、ここからきているのか、と思った。
ただ、試合後の彼の様子は、ボクシング会場で見たものとは全然違って、泥と涙で顔がぐしゃぐしゃだった。
深い話を聞いたわけではないが、この人にはラグビーなんだな、と思った。「常に花園を目指してきたので、もっと苦しみたかった。最後は簡単にトライを奪われた。自分の役割を果たし切れてない。でも自分は、チームプレーがいいです」。
大学ボクシング部やジムの誘いを断って、ラグビーで法政大学に進んだ大隈は、誰よりも練習し体を鍛えたという。そして1年生の後半からレギュラーとなり、4年生でキャプテンに抜擢された。記事には、今、大学3番手に甘んじている法政には、勝ちたいという気持ち、闘志を体現できる彼のような存在が必要だ、とあった。
ラグビーの世界はまだ入り口の外から「なんかおもしろそう」とのぞき込んでる程度。ジェントルマン精神についてはまだ感じ取る器がないし、ルールも選手の顔もまださっぱりわからない状態だが、見ていて、素直に興奮し、感動する。このあいだラグビー会場にいて、中学生の着ているTシャツのロゴを見て知った。ラグビーは“闘う”に“球”つまり“闘球”と書くのだ。サッカーは蹴球、バスケットボールは籠球、それは競技の形式を表しているけど、“闘球”は、もっと象徴的な名前で、そして、とてもよく言い当てている。強靭な肉体や流れを読む力とともに不可欠なのは、恐怖心を超える精神力、勇敢さ、勝ちたいという執着心。“闘球”と“拳闘”。ラグビーとボクシングは似ているかもしれない。
でも、この“闘”を軸に、まったく対極にあるかもしれない、とも思う。
ボクシングとラグビー、実はすごく迷いました、と大隈はインタビューの中で話している。でも、彼はラグビーを選んで、その世界で自分を試そうともがいている。自分が率先して動き、その姿そのもので周囲を動かすラガーマン。もし、ボクシングを選んでいたら、どんなボクサーになっていたかな……と想像するけれど、それはナンセンスなことだろう。
そんなことを考えていて、ふと、そしてあらためて思ってしまうのだ。ボクサーは、なぜボクシングを選ぶんだろう……。
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