「林隆治のこの人と真剣勝負!」第1回 (安河内編@)

ゲスト    安河内 剛氏

 (財団法人・日本ボクシングコミッション国際部長)

写真     山口裕朗氏

ホスト構成 林隆治







 このコーナーは「マネージャーのお仕事」を執筆するのに疲れきった林が、楽をしてスペースを埋めようと思い立った対談企画です。とは言っても、この業界のいろいろな立場の人と、ボクシング界について熱く語り合おうという、ごくごく真面目なコーナーにしていこうと思っております。 記念すべき初回のゲストには、JBCの次代を担う安河内氏に登場していただきました。

 梅雨の始まった6月の日曜日、私たちの母校に近い高田馬場の中華料理店で、カメラマン山口氏を交え、健康管理、プロテスト、ランキング、採点基準、不当判定問題など多岐にわたるテーマについて、4時間みっちり熱く語り合いました。この様子を数回に分けてお届けします。

JBC内部の方、そして私のようなジム業者が、いったいどんなことを考えているのか、世間の皆様にお伝えする一助になれればこれに勝る喜びはありません。

ただし、お断りしておきますが、安河内氏の発言はJBCを正式に代表する見解ではなく、あくまで一人のJBC役員しての個人的意見を語っていただいたに過ぎません。この対談により、何らかの言質を取ったり、責任を追及したりすることは一切ないことを、読んでいただく方にも是非認識してもらいたいと思います。同様に私の発言もヨネクラジムおよびボクシング業界を代表したものではありません。私の意見が私の上司である米倉会長とも相反することもあり得ますし、私の発言が行動を伴わないことも当然あり得ます。責任逃れではなく、自由闊達な対談を実現するために、その点についてはご了解くださるようお願い申し上げます。(林隆治)

「試合後の管理が課題だ」(安河内)

林 いつも「TALK IS CHEAP」の私の写真にご出演いただき、ありがとうございます(笑)

安河内 いえいえ、こちらこそ。あれは反響も大きいですよ(笑)

林 安河内さんは私にとっては、大学の先輩に当たるんですね。

安河内 そうそう、大事な先輩後輩の間柄だからお手柔らかに。服装だけ見ると、どっちが先輩か分からないけど(笑)

林 では先輩、今日はよろしくおねがいします。

健康問題

林 まず健康問題からお聞きしたいと思います。不幸にも今年に入って、リング禍の犠牲者が出てしまったわけですが、最初にこの件の経過を教えていただけますか。

安河内 はい、今回の事故(注:4月2日死亡した能登斉尚選手のケース)は報道等でご存知の通り、とても珍しいケースでした。通常なら試合後すぐ、長くても数時間のうちに(出血の)症状が出て、それによって病院に運ばれ、開頭手術を受けるというパターンなのですが、今回は時間がかなり空いてから症状が表れた。また、病院に入ってからも、ごくわずかな出血しか認められず、経過観察をしている間に、大出血を起こしてしまった。すなわち死に直結する出血が起きたのが、試合6日後であったということなのです。これに関して健康管理委員会を開いて協会関係者・ドクターも交えて検討しましたが、とても稀有な事例で、正直なところ、有効な対策を立てるというのは非常に難しい、と。

林 なるほど。

安河内 ただ私たちボクシング界の課題としては、選手の試合後の管理をいかにしていくべきか、という問題が残った。今までは、試合後一晩だけは、誰か一緒について選手の様子を見ていてあげて下さいよ、と言ってきたわけですが、今後に関しては一晩だけでは足りないのではないか、という可能性まで出てきたわけです。数日後に頭痛がして検査をしたら実は出血していた、というケースもこれからは考えられる。ですから試合後の管理をいかにしていくかということが大きな課題になってくるのです。

 ただ現実問題としては、目が届く範囲は一晩ですよね。私のジムでも、激しく打ち合った選手には試合後、「今晩は絶対に一人では寝るな。吐き気、頭痛、けいれん、ひきつけなどの症状があったら、ためらわず救急車を呼べ」と言って、付き添ってもらう人には私の携帯番号を教えるようにしています。でも、それを一週間続けて下さい、とは付添い人には言えないです。

「事故の経験の共有が足りない」(林)

安河内 まず第一歩としては、試合後、相当期間を経過した後であっても、そういう事態に陥る可能性がある、ということを選手本人にもジム側にも知ってもらうことですね。今、林君の言っていたようなことは一晩のケアとしてはパーフェクトに近いのだけれど、こういうことが出来ていないジムが、残念ながらあるのではないでしょうか。実は、そういう意識を持ってもらおうという意味で、私たちは現在、小冊子みたいなものを作ることを検討しています。ボクサー、ジム、そして選手の家族に宛てて、試合後の注意事項、こういう症状が出たらこうしなさい、みたいなメッセージを書いて、それを試合後の医務室で選手、関係者に配る。すでに今、そういうものを作り始めているところなんですよ。

林 それはいいことですね!ちょっとお聞きしますけど、今まで日本でのリング禍は何例ありましたっけ?

安河内 コミッションが設立されてから31例あります。

 なるほど。で、31例もの犠牲者を出しながら、その不幸な経験の教訓が、ボクシング界全体で共有されていないのではないか、と思うんですよ。どういうタイプの選手が、どういう状態で、どういう経過をたどって不幸にも亡くなったのか。日本という国では、そういう分析をするのを、死者を貶める行為だ、と言って嫌がりますけど、基本的にはそういったデータをボクシング界で共有すべきだと思うんです。私が入ってからもうちのジムには開頭手術した選手がいまして、幸いにも一命は取り止めて社会復帰したのですが、私自身、その場にいたからこそ見えたことや分かったことがある。最初、選手が頭痛を訴えた時、「そんなの殴りっこした直後なんだから当たり前だよ」と私なんかは思ったのですが、実はその頭痛が出血の兆候だった。また億劫そうに会話をして眠そうな雰囲気を見せたら、それは意識レベルの低下も疑われる、とか。しかし、そういう経験が他の人には伝わっていない。コミッションやドクターだけが知っていても意味がない。だから、その小冊子というのは、共有という点で非常に有意義ですね。

安河内 今、林君の言ったことは小冊子を作る上でいいヒントになりましたね。事故が起こった時は、こういう前兆があった、こういう症状が表れた、ということを話し合う機会が非常に少ないことが問題なんです。そう言えば、数年前の健康管理委員会で、キックボクシングの試合で亡くなった選手の、その試合後の控室の様子を克明に記録したビデオを公開したんです。とてもショッキングな映像で、頭痛を訴えるところから始まって、そのうち体を横にし、次には明らかに苦悶の表情を浮かべるようになってくる。でも、そういうものを知らない限りは、先ほど林君が言ったように、頭痛なんて大したことない、となってしまう。しかし、頭痛、吐き気というのは出血の最大の兆候ですからね。相当、シビアに考えてもらわないと。実は死亡例の中には帰宅後に発症したのも一例あるのですが、その試合などは、ほとんど打ち合いらしい打ち合いもなかった。こんな試合でも事故が起きるのか、と怖くなったので、とても印象に残っています。

林 私も自分が事故に直面したから初めて分かった。だからと言って、すべてのジムが事故を経験しなければいけない、なんて馬鹿らしいことはないですよ。せっかくの、と言っては語弊があるかもしれませんが、事故の貴重な経験はみんなに生かして欲しい。

安河内 とにかく、そういう小冊子を配りながら、事故に対してジムや選手に、健康管理に関する意識を強く持ってもらうようにしたいですね。また、ジム側とコミッションドクターが話をできる機会をセッティングしたりとかも将来的には考えていきたいですね。

林 それはぜひお願いします。

「健康問題は、ボクシングの根幹」(安河内)

安河内 あと4回戦の別の事故の例になりますが、その試合のビデオを役員会議で検証したのですが、レフェリーの処置に問題があったとは思われない、というのが大方の意見でした。で、何が問題になったかと言うと、ディフェンス技術の未熟さ、ボクシングのレベルの低さ、つまり厳しく言えば、プロとしての力量が彼にあったか、ということなんです。本人には申し訳ないのですが。これはプロテストの問題まで踏み込むことになるのですけれど。

林 プロテストに関してはのちほど議論する予定です。

安河内 技術レベル以外にも、プロボクサーとしての体作りという点においても問題があるような気がしました。特に首がよく上下に揺れるのが怖い。ご存知のように脳というのは揺れに弱いですからね。彼の場合は、何度もアッパーをもらって頭が縦に跳ね上がっていたんです。そういう意味で、首を鍛えることも、言い古されていますが、大切ではないかと。実際に上から頭を押さえられると分かりますが、押さえられた状態から首を上げるのは、とても大変なんですね。首を上下方向に鍛えるのは簡単ではないんです。それだけにアッパーで顔を跳ね上げるのは怖いことなんだな、とビデオを見て改めて思いましたね。

林 なるほど。では、最後に健康問題について一言お願いします。

安河内 健康問題は、ボクシングというスポーツの根幹をなす問題だと思うのです。我々コミッションも、本当にこのスポーツを守る、という意気込みで、健康管理に当たらなければなりませんし、ジム側も、普段の練習での管理や試合後のケアといった部分での努力を怠ってはいけませんよね。この両輪でやる必要があると思います。それは、林君がさっき言った、まさしく「共有」という観点が必要になってくるでしょうね。また別の機会にも、こうした話題を議論したいですね。

(以下次号)





安河内剛/ 1961年、福岡県出身。早稲田大学法学部在学中にプロテスト合格、C級ライセンス獲得。司法試験を目指す傍ら、(財)日本ボクシングコミッション(JBC)の仕事を手伝い、レフェリーなど試合役員を経験。1994年、正式にJBC入り。現在は国際部長として、JBCの中枢で活躍中。


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