☆ 今こそ不当判定問題について語ろう!
先月は、あまりうまくない文章なんかよりも、私の本当の得意分野である絵を見てもらったほうが良いのではないかと思い立ち、私自身が傑作だと思う作品を編集長に提供させてもらった。カメラという物体を高度に象徴化したデザインは我ながら満足のいくもので、「マネージャーというお仕事」はやめて、これから毎月絵を描いていこうかとも考えたくらいだ。しかし私の絵は、芸術としても相当にレベルの高いものであり、あまり軽々しく世に出すのは、私の価値を減ずることになりかねない、と思い直した。
編集長はニヤニヤしながら「確かに、あのような絵を世に出すことは林くんの価値を落とすことになるでしょう。…違う意味で」とまったく意味不明なことを言うが、私の芸術性を理解できない凡庸なる人には何を言っても仕方がない。
いずれにせよ、私は自分を貶めるようなことはもうしたくないので、絵を描くのはこれっきりにしようと思う。編集長には私の貴重な芸術作品を何枚か人質に取られているが、私の名誉がかかっているので、絶対に世間に流出しないよう注意いただきたい。やむを得ず原稿を落とした時は、次からは代わりに女房に絵を描かせることにする。私と女房とはレベルに雲泥の差があるが(どっちが雲でどっちが泥かは、分かり切っているのであえて言わない)、夫婦は(おそらく)一心同体なのだから、どうかそれで勘弁願いたいものだ。もしくは、私と雲泥ほどの差はないところで、丸山御大や加茂女史の絵を代わりに出しても良い。お二人の絵は私の領域にはまだまだ達していないが、それでも将来的には名誉チャンピオンの座を彼らに明け渡しても良いと思っている。いや、なんだったら今すぐ明け渡したいくらいだ。だが、私の代わりに別の人の絵を差し出すことについて、編集長の理解を得るのは難しいだろう。
要は、文章が下手でも、論旨が支離滅裂でも、内容が幼稚園児の絵日記程度でも、とにかく毎月、文字の羅列を編集長に送れば良いということなのだ。頑張るぞ。
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さて、先々月には、クラブ制度やジム間の競争原理について述べ、議論が核心に近づいたところで、次号に続くとしたのだが、もちろん誰も覚えていないだろう。
丸山氏の書くような秀逸なノンフィクションならともかく、私の屁理屈論議が「次号に続く」となっていても、ワクワクする人間など一人もいないだろうということは、想像に難くない。その証拠に私自身もまったくワクワクしないのだ。さらに本当のところを告白すると、その後、自分が何を書きたかったのかさえ忘れてしまった。それくらいだから、先々月の続きをここに書き連ねても、それを喜ぶ奇特な読者など存在しないと考えた方が無難だろう。
冗談はさておき、あの続きならいつでも書けるが(いや、書けないかも知れないがそれは私の能力の問題だ)、今書かないと意義が薄れてしまうというテーマもある。それこそ、この不当判定問題だ。
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昨年の12月14日、私は不当判定事件(もうこれは事件と呼ばせてもらう)の当事者となった。
ありがたいことに私は、このトークイズチープという、自分で文章を書く場を持たせてもらっている。またいくつかの掲示板には実名で書き込みもしている。だから周囲の人々には「あの件に関してはインターネットで何も書かないの?」とたびたび聞かれた。私ももちろん書きたかった。言いたいこと、主張したいことがたくさんあった。だが我慢した。すべてが終わるまではインターネットで意見表明するのは控えよう、そう考えた。
なぜか?第一に、フェアではないと思ったからだ。私は、インターネットでコミッション(JBC)をがんがん批判することが出来るが、JBCはそれに対して反論することが出来ない。これでは私は一方的に自分を正義役にし、JBCを悪者にしてしまうことになる。公平ではない。また再戦が決定してからは、チャンピオンに対する気遣いもあった。チャンピオンにはまったく罪はない。だから、これから試合をする相手に対して、中傷と取られかねない言動は慎むべきだと思った。自分では中傷しているつもりはなくても、結果的にそう取る人がいるかもしれない。
第二に、インターネットで書くことの時期的な効果だ。どうせ再戦が終わるまでは、世間やマスコミはある程度、この問題に関心を持ち続けるだろう。その時期には私があえてでしゃばらなくても良い。誰かがどこかでこの事件のことを語ってくれる。むしろ、再戦が終わり、ほとぼりが冷め、皆が忘れかけてきた頃こそ、私の出番だ。そしてそれが今だと思うのだ。私はボクシング界にいる限り、不当判定問題を自己のライフワークとして取り組んでいきたいと考えている。その意味で、人々が忘れた頃、問題提起をするのが私の役割だ。
あの時私は、何を考え、どう行動したのか。そしてこれからどうすべきなのか、今こそ語りたい。
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その前に、再戦の結果について述べておこう。世間では、ヨネクラジムがJBCに抗議をしないから完敗を認めたんだろう、と思われているらしい。そうではない。私は厳しくつけて阿部が1,2ポイントは勝ったと思った。東京でやっていたら、おそらく僅差の勝ちになっていたと思う。だが、それくらいの差では、猛抗議するほどの不当判定とも言えない。挑戦者だったら、もっと明白に各ラウンドを取るべきだったのだろう。チャンピオンの大之伸選手も、前回とは見違えるほどのコンディションで、正直、とても強いと思った。人格的にも立派なチャンピオンだ。だから、再戦の判定については、完全に納得したとは言えないが、まあ許容範囲ということでチャンピオンを祝福したい。また「ヨネクラジムはちょっと不満だとすぐ抗議する」と思われると、第一戦のような本当の不当判定の時に、抗議の効果が半減してしまう。その意味でも、ここはじっと我慢して、抗議を差し控えた次第である。ただし「2ちゃんねる」で「ヨネクラジムがごり押しして九州のジャッジを入れなかった」というようなことが書かれていたが、それは事実ではないので指摘しておきたい。ジャッジ構成は九州、東京、そして中立地区から大阪と、公平な状態になっていた。中立であるはずの大阪のジャッジが4ポイントもの差をつけて、チャンピオンの勝ちにしたのには驚いたが。2ちゃんに匿名で罵詈雑言ばかりを書き込んでいる皆さん、何を書いてもいいけど、嘘をもっともらしく書かないように。
とにかく再戦の終了をもってこの事件は一応の終結を見た。そして結果、生き残ったのはチャンピオン・大之伸選手である。私はその事実を認め、彼のこれからの活躍を祈りたい。以下に私の書くことは、大之伸選手のこれまでの業績を傷つけるためのものではないことを、お断りしておきたい。
さて、ようやく本題に入ろう。
12月14日、信じられない判定が下された瞬間、私はとてつもない怒りが胸の中に沸騰してくるのを感じながら、これはしかし、自分の持論を実行に移す最大のチャンスかもしれないと思った。福岡から羽田に帰る飛行機の中で、(この機会を逃すともう一生涯巡ってこないかもしれない、やるなら今しかない)と考えた私は、米倉会長に訊いた。「今回の抗議はとことん、しつこくやろうと思うのですが」「おう!しつこくやれ!」こうして、私が常々やろうと思っていた事を、行動に移すときが来た。
私がずっとやりたかった事とは何か。それはジャッジのサスペンドである。
各地で露骨な地元判定、いや不当判定の話を聞くたびに、ずっと思っていた。そのような悪質な採点をするジャッジの首を切れないものか。いや、首を切るしか、この悪しき慣習を断ち切る方法はない、と。
言っておくが、世間やマスコミが粘り強く批判の声を上げていくことで、徐々に状況は改善されていくはずだ、なんて甘いことは絶対に期待してはいけない。そんなことは百パーセントあり得ない。アマチュア批判の時にも書いたが、閉鎖社会にいる権力者たちは、外部から批判されればされるほど、むしろ自らの殻に閉じこもり狂気を暴走させる、という性質を持っている。
まず閉鎖社会の中では、「正義」の基準が一般とずれている、ということを認識すべきだ。地方の審判にとっては、地元の選手を勝たせることこそが絶対の「正義」なのである。そう、彼らは悪いことをしているとは思っていないのだ。彼らは彼らなりの正義を遂行しているに過ぎない。そういう正義で凝り固まっている人間が、外部の価値観によって一方的に批判された場合、どう考えるだろうか。「私一人が悪者になればいい。それによって、この正義が守られるのならば」と自分を悲劇のヒーロー化して、ますます、その正義にのめり込んでいくことになるのだ。オウム真理教を見るがいい。彼らは世間から迫害され、孤立すればするほど、その「信念」を強固にしていくではないか。
では、どうすれば彼らを、その「正義」の呪縛から解放してやれるのか。警察がオウムにしたように、公権力によって、強制的に断ち切られるしか方法がない、と私は思っている。ボクシング界で言えば、審判のサスペンドである。それを東京のJBC本部が主導して行うのだ。
そもそも、レフェリーの方は、単なる不手際やミスによりサスペンドされることがあるのに、もともと一方を勝たせようとする意図を持って審判席に座るような、より悪質なジャッジが裁かれないのはおかしい。
むろん、難しい問題もある。レフェリングのミスは、ビデオテープなどでしっかりと確認できるが、ジャッジングの不正は、明確な形で証拠に残らない。主観が多分に左右する領域であるから、「見方だ」と言われればそれまでなのである。
しかしだからこそ、と私は思っていた。マスコミなど第三者が集まる機関(査問委員会)を作って、そこでビデオ検討し、あまりにひどい採点と全員が認める場合は、ジャッジも処分すべきではないか。「見方」と言って逃げられる聖域を、失わせてしまうことが、不当採点根絶の第一歩になる。中央が強権発動しないことには、とにかく始まらないのだ。
私はこのような持論はずっと持っていたのだが、なかなかそれを主張する場はなかった。なんと言っても、自分が被害者にならないと運動に迫力も出てこない。だから、12月14日は私にとって、そういった運動を起こすきっかけとなった。
具体的な運動の詳細は省くが、JBC事務所に足を運び事務局長と何度も激しいやり取りをしたり、声明文をマスコミに送ったりと、最初に会長に宣言したとおり、相当しつこい抗議を繰り広げた。JBC役員の皆様や、報道関係の方々には、大変ご迷惑をおかけした。ここで感謝の意とともにお詫び申し上げたい。
皆さんもご存知のように、JBCの下した処分は、ボクシング界の大きな前進となる素晴らしいものだった。ジャッジの資格無期限停止。悪質な不当採点を行なえば断罪される、という前例を残してくれた。これはまだまだボクシング界にも自浄作用があることを示した、胸を張ってよい裁定だと思う。
だが、不当判定はこれで撲滅されたわけではない。この第一歩を足掛かりに、まだまだなすべきことがある。これからの課題を挙げよう。
@ 査問委員会の設置(ランキング委員会のような第三者を交えた機関によるジャッジの処分)
A 審判構成(日本タイトルの指名試合や、JBCに指令された特別な遺恨試合で、異なる地区の選手が戦う場合には、審判構成が公平になるようにすること)
B 立会人制度(Aが費用の点で難しい場合は、とりあえず中央から立会人を派遣し、試合を監視させること)
これらの課題を一つ一つクリアしていくために、私はこれからもしつこく提言を続けていくつもりである。皆さんのさらなるご協力をお願いしたい。
最後に、ネットでよく書かれていた、「ヨネクラジムが不当判定の恩恵を一番受けていたくせに…被害者になった時だけ偉そうに言うな!」という意見について、反論したい。
私たちは不当判定で勝ちを拾おうなどと思ったことも、また不当判定で実際に勝たせたもらったことも一度もない。前にも述べたが、確かにラッキーだと思った採点は何度かある。だが、それは不当採点とはまったく質が違う。
また尾崎恵一さんが書いてくれたように、今回の抗議運動は、「うちはこれから一切そのような不当な勝ちはいりません」という宣言でもある。
ご理解いただきたい。
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