NY、勝手に殴れ!
[ ジャミール・マクラインのこと ]
Text Photo By 杉浦 大介





僕がジャミール・マクラインと初めて言葉を交わしたのは、もう4年も前のことである。

当時のジャミールは時に小興行のメイン格で戦う事もあったが、ヘビー級のいわゆる冴えない中堅選手で、スターダムの輝きにはほど遠かった。
巨大な体格に恵まれてはいるものの、とりたててパワーがあるわけではない、目を見張るテクニックがあるわけでもない、敏腕マネージャーと契約しているわけでもない。
特徴に欠ける、平凡な巨漢選手。
あの頃、ジャミールが近い将来ヘビー級タイトルに挑むことになる、などと言ったら人々は一笑に付したに違いない。それほどに、ブレイク前の彼は、何の変哲も無いしがないクラブファイターにしか見えなかったのだ。

さて、その頃の僕はというと・・・・・・。
ライターを志してNYにまで飛び出してきたは良いが、何の実績も無い若造に仕事など取れるはずがない。言葉はまともに喋れない。コネクションもない。渡米前に貯めてきた金などあっという間に使い果たしてしまった。
そんなわけで、ミッドタウンにある日本食レストランに頼み込み、ウェイターのアルバイトをしながら毎日の生活費を稼いでいたのである。
光明の欠片もない、先の見えない日々。
あの頃、僕が近い将来「Talk is cheap」に文章を書く、などと言ったら周囲の人間は笑ったに違いない。そして、こう言ったかもしれない。
「おまえ、日本に帰って人生やり直した方がいいぞ」
 そんな時期だったのだ。
だから余計、ジャミールとの少し不思議な出逢いは、僕にとって強烈に印象に残ったのかもしれない。


ある日の夜、突然、大柄な黒人が僕のバイト先に飛び込んで来た。店のフロントに立ち、こっちに向かって笑顔で手を振っている。
よく見ると、それはジャミール・マクラインである。
驚いた僕が小走りに駆け寄ると、彼は言った。
「おう、おまえ、オレと同じジムでトレーニングしているよな?いやこの店の窓の外からおまえの顔が見えたからさ、一言挨拶しておこうと思ってな。別に用なんて何もないんだけど・・・・・・アルバイトか?おまえも大変だなぁ、でも頑張れよ、明日、またジムで逢おうな!」
−ありがとう・・・・・・アンタ確かもうすぐ試合でしょ?相手はアル・コールだっけ?元チャンプの強豪だけど、頑張ってね。
「おお、知ってるのか?!ありがとう!任せとけ、絶対に勝つから!試合は必ず観に来てくれよ!」
・・・・・・そんな短い会話だった。
初めて言葉を交わしたジャミール・マクラインは、それにしても驚くほどのナ
イスガイだった。謙虚で、フレンドリーで、気遣い溢れる態度。メインイベンターの偉ぶりなど微塵もない。
 長い下積みがそうさせたのだろうか?
 だが僕はそれまで、横柄な人々ばかりが横行するNYで、彼のようなアメリカンには1度も出逢ったことがなかったのだ。



あれから、もう4年が経つ。
僕は念願叶ってスポーツライターになった。ジャミールはWBOながら世界タイトルに挑むほどのボクサーになった。
互いに立場は変わったが、僕はここ数年間ずっと変わらずにジャミール・マクラインの大ファンである。
彼がヘビー級のトップランカーの1人になったからではない。彼のパーソナリティがまったく変わらなかったからだ。だからこそ、僕も変わらずに彼のファンでいられたのだ。
あの後すぐにアル・コールを判定で下したジャミール・マクラインは、その2ヶ月後にはマイケル・グラントを1RでKOしボクシングファンを驚かせることになる。余勢をかって、マウント・ウィテカーとシャノン・ブリッグスも連破。
一躍スターボクサーの仲間入りを果たしたジャミールは、2002年12月7日、遂にウラディミール・クリチコのWBOヘビー級タイトル挑戦にまで漕ぎ着けた。
しかし、僕にとって最も驚きだったのは、ジャミールの大ブレイクの方ではない。そのブレイクの期間中、彼があの日の優しさや周囲への真摯な態度を、1度も失わなかったことである。
彼ほど真剣にトレーニングするアメリカ人ボクサーを僕は知らない。そしていつでも誰にでも誠実な物腰のボクサーも知らない。
ジムのロッカーで声を掛けると、彼はいつでもにこやかに応えてくれた。
「よお、ブラザー!元気か?仕事と勉強、頑張ってるか?」
ライターとして活動を始めて以来、名前が売れ始めた途端、手のひらを返したように態度が変わるアスリートに何人も逢って来た。
しかしジャミールは・・・・・・

あの日のレストランでの邂逅の後、僕とジャミールの間に友情が芽生えた、などと書きたいわけではない。実際にそんなわけでもない。
僕にとって彼は特別だが、彼にとってはそうではないだろう。
彼は誰にでも同じなのだ。ジャミールの廻りには何人もの「僕」がいて、彼は誰にでも、いつでも優しかった。真摯な態度を決して変えなかった。
勝っても、負けても。
 ブレイク直後も。連勝街道を走っている時も。タイトル戦で100万ドル以上の大金を得た時も。クリチコにメタメタにやられた後も。
 そんな彼を、僕は心から尊敬している。
これから先も、彼がヘビー級のチャンピオンになる日が来るとは僕にもやっぱり思えない。体格以外の武器に欠ける。慎重過ぎる。優し過ぎる。
だけど、ジャミールが今のままのジャミールでいる限り、僕はいつまでも彼のファンで居続けるだろう。ボクサーとしても、人間としても。
ボクサーにとって、ベルトだけが大切なわけでもない。


 つい先日、久しぶりに彼に逢った。
今月15日、クリチコ戦の惨敗からの再起を期すジャミール・マクラインは、久々にマンハッタンのリングに立つ。
その試合の公開ワークアウトを観に行くと・・・・・・いつも通りのジャミールが笑顔で僕を迎えてくれた。
「久しぶりだな。元気か?どうしてた?今度の試合も必ず観に来てくれよ!」
やっぱり今でも、彼はあの頃とまったく変わっていない。セリフも、態度も。
それが僕を安心させる。まだ何も変わっていない。
4年間・・・・・・短い年月ではないのに。
それにしても、ジャミールほどじゃないにせよ、僕も少しは成長できているのだろうか?
ライター活動を地道に続けてはいるが、未だに明日は見えない。だがもしも何かが見えて来たとしても、初心は絶対に忘れない。そう、目の前のチャンプのように。
 流れる時と出逢う人々から、僕も何かを学んで行かなければならない。

 その日の別れ際、ジャミールはふと思い出したかのように僕に言った。
「ところでおまえ、まだあのレストランでも働いているのか?」
・・・・・・少し驚いた。へー、覚えていてくれたのか。
 −いや、今はスポーツライターの仕事しかしていないよ。
そう僕が答えると、彼は嬉しそうに「そうか、良かったなぁ!」と言って、いつものように爽やかに笑った。

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