
道に迷って途方に暮れたり、自分の未熟さをおもって落ち込んだりすると、自分のまわりにいる人みんなが“すごい人”なような気がしてくる。何か一つのことに打ち込んでいる人、目標に向かって突っ走っている人はことさら、まぶしく見えてしまうものだ。
私にしてみれば、丸山礼子という女子ボクサーも、そんな、頑張っている人、のひとりだった。
単身米国ロサンゼルスに渡り、かのマック・クリハラ氏に師事。本場のリングに上がり、テレビ中継されてもいる。ラスベガスで行われた地元のホープ、メリンダ・クーパーとの再戦をナマで見るチャンスに恵まれたのだが、技巧派相手に果敢なアタックを繰り返す日本人女子ボクサーは、大声援を浴びていた。2回TKOに退いたものの、ストップの瞬間はブーイングが起き、彼女は大きな拍手に送られて控え室に戻っていったのだった。
その試合の後しばらくして、私は会場内で「サインしてくれませんか?」と日本人に声をかけられた。なにがなんだかさっぱりわからぬまま自分の名前を書いた(もちろん何度も断った)のだが、彼がほしかったのは“レイコ・マルヤマ”のサインだったことが最後の最後に発覚。その日本人はメキシカンたちに「レイコのサインがほしい」とせがまれ、私をレイコだと思い込んで(髪形が似ていたし、あの場だと日本人女性はみな同じに見えるかもしれない……)サインを求めてきたのだった。というのは笑い話のようでホントの話。レイコ・マルヤマの人気を実感する出来事だった。日本で何度か食事をともにしたことがあったが、戦い、喝采をあび、現地のファンからサインを求められる彼女は、とても遠い存在に感じられた。
あれから1年。この2月、ロサンゼルスにいるレイコさんをたずねた。自宅には元チームメイトのレイラ・アリや、シェーン・モズリー、マロメロ・パエス……数々のボクサーとともにファイティング・ポーズをとる写真が壁一面に張ってある。大きな風船のようなグローブがディスプレイされている。靴の棚には、リングシューズとスニーカーばかり。現地の日本語雑誌『BRIDGE』に掲載されたインタビューには「根っから明るいキャラでメゲない。負けると悔しいけど、へこまない」とあった。この人は、プロボクサーとしての道を迷うことなく進んでいるんだと思った。
けれど。レイコさんは首を振って言う。
「そんなことないですよ。私、何やってんだろうって、思いますよ……」
そして、ふぅっと、ため息をもらすのだ。
もともとボクシングを始めたのは、シェイプアップのためだった。しかし、97年にロス旅行でLAジムを訪れた時に、彼女の人生は新たな方向へと進みだす。女子ボクサーが男子に混じってトレーニングをし、激しいスパーリングをしている場面を目の当たりにする。(こんなことができるんだ……)。レイコさんが目を奪われた女子ボクサーは、“ベビードール”ことブリジット・リリー。元キックのチャンピオンで、国際式ではのちにIFBAバンタム級タイトルを獲得するツワモノだった。
プロボクサーを目指し、ブリジットと文通しながらLAと東京を行ったり来たりする間にレイコさんは、名伯楽クリハラ・トレーナーと出会い、渡米を決意。2000年12月にテスト合格。全米に千人弱いるといわれる女子ボクサーの仲間入りをし、翌年2月にはデビューを果たした。スピードスケートの選手を両親に持ち、姉は国体選手。自身も3歳から靴をはいていて、スポーツは何でも得意だったという。初めて自分の意思で選んだボクシングで成功する、ブリジットと肩を並べる自信も、少なからずあったにちがいない。
しかし、現実は厳しい。7戦2勝5敗というのが、レイコさんの目下の戦績だ。試合の話が浮上しては消え、直前になってキャンセルになることだって、何度あったかわからない。アジアの選手がアメリカで勝つのは難しい。負けても判定に観客からブーイングが飛べば救われた気持ちになるというが、黒星の数が増えることにかわりはない。
アパートを探し、毛布一枚からスタートしたアメリカ生活は、3年になる。大きな荷物を二つ抱えバスで通ったダウンタウンにあるジムへも、自分で車を運転して行ける。だが、本当は運転が大の苦手。初めての場所に行くときは道を間違えることもしばしばだ。スパーリングで疲れ果て、ほとんどジムと自宅の往復だけという毎日。語学の勉強やアルバイトどころではなく、高校卒業後がむしゃらに働いてためた貯金を切り崩していくだけの生活も、こころもとない。いつも元気な笑顔をたたえ、誰とでも気さくに話す彼女だが、実のところ、いろんな不安を抱えている。
「1年か1年半くらいで日本に帰るつもりだったんです。お金も続かないし。歳のこと、この先の人生のこともある。今年いっぱいかな……」
マックさんのためにも、自分を応援してくれる周囲の人たちのためにも、タイトルマッチをやりたいとずっと思ってきた。英語もしゃべれない、ボクシングは2勝5敗。そんなんじゃ、あなた3年間、アメリカで何をやっていたの? といわれてもしかたがない、とレイコさんは言う。だが、なかなか光が見えてこないまま月日を過ごす中で、彼女にとって大切なことは何なのかが、少しずつ変わってきたようでもあるのだ。
レストランで、“あなた、レイコ・マルヤマ?”と見知らぬ人から声をかけられるのは、たしかにうれしい。だけど、人に少し知られることなど、ほんのせつな的なことだし、人の目に見えることなど、自分のほんの一部でしかない。
「結局、人にどう思われるか、というんじゃなくて、自分自身に対する答えがほしいんですよね。自分自身で答えをみつけなくちゃいけない。そうでないと、終われないし、次の人生に進めない。そんな気がするんですよね……」
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