男たちのゆくえ  By 加茂佳子






 ボクシングマガジン誌に引退記事を書くため、リック吉村に会ったのは昨年10月のことだった。19カ月ぶりのリングで長嶋健吾に敗れ、その数日後に引退表明した彼は、だがいまだ煩悶していた。

 もうやめた方がいい、と陰でささやかれるようなボクサーになっちゃだめだ。引き際をまちがえちゃいけない。今がその時だろ。

 いや、この前の敗北はブランクのせい。まだ出来る。一本、取り損なったベルトがあるじゃないか。ボクシングキャリアを完結させるために足りないベルトが。

 試合が終わって以来、胸のうちでふたつの声が交互に叫びをあげている、と困惑した表情で言った。

「毎日、ワタシの考え、変わります。ボクシングへの扉、開いたり閉まったりする」


「だって、ワタシさんじゅうはっさいですけど、まだ出来るよ。頭悪くない。頭悪いけどパンチドランカーとかそういうことない。目だって大丈夫。ほんと、ほんとまだ出来るよ」

 訴えるように繰り返した。

「長嶋戦は、本当のリックじゃない」

「若いボクサーたちとスパーリングしたとき、哀しかった。タイミング、合わない。どうして、どうして合わない? メイビーブランクのせい。でも練習続ければ、時間が経てば、もとのリックに戻る、かつてのシャープな自分は戻ってくる。ワタシ信じた。でも時間少し足りなかった」

 時間さえかければ、という思いは今もある。だが同時に彼はわかっていると言った。世界レベルの技術と体を維持することは今の自分には困難であること、そして、自分の全盛期は過ぎたということを。

「畑山とやったとき、あれがワタシのピークと思います」


 彼が口にしてきた言葉には説得力があり、嘘がなかった。

 たとえば、never give up。

 日本ライト級のタイトルをひとつ防衛するたびに、夢を見た。

 今度こそ、世界のチャンス、くるかもしれない。

 が、その朗報は来ない。走り、ベースの仕事をこなし、ジムワークをし、妻子を養い、タイトルを守る。またしても待ち望む知らせは来ない。走り、ベースの仕事をこなし……。

 日本タイトル連続防衛22回。気の遠くなるような忍耐の記録を積み上げているさなか、なぜ不屈の精神を持ち続けられるのか、と尋ねたことがある。彼はとてもシンプルな言葉をくれた。

「It's my dream. 夢だから」

 恋い焦がれ続けた世界の挑戦権。「ネバーギブアップ」の果てに彼は本当に手にした。14年かかって。

 36歳の遅き挑戦者は、当時転任していたアメリカ・フロリダから有給休暇をとり、日本のリングに帰ってきた。「リックは世界レベルではない」という一部の認識を恥じ入らせ、王者有利の声を降参させた見事な戦いぶり。忍耐の、不屈の男のプライドがそこかしこに見えた。

 が、彼は負けることなく、ベルトもつかめなかった。

「お客さん、たくさん拍手くれた。誰が勝ったか、見た人知ってる。それが救いです」

 試合から数日後、話をする機会があった。胸を叩き、「ここ、痛い」と言う彼に、ボクシング、嫌いになってないと聞くと、彼は哀しげな目をして、でもはっきり言い切った。

「アイシテマス。ボクシング、アイシテルよ」


 引退の記事が新聞に載ってから、ベースの仲間を始め日本人のファンや支援者たちから多くのメールや電話や手紙を貰った、と言った。

 ありがとう、と。

「信じられなかった。なぜって、ワタシ、そういうボクサーになると思ってなかった。始めたとき、ワタシはただボクシングがしたいだけの少年だった。チャンピオンなりたい、それだけ。なのに、いつのまにかみなさん、ワタシからいろんなこと感じ取ってくれたと言う。ほんと信じられない。尊敬してる、と言ってくれた。そんなこと言われるボクサーになるなんて思いもしなかった……」

 声が震えていた。リックが泣いていた。

「ほんと、ワタシ、みなさんに世界のベルト、見せたかったよ……」


 取材の最後に、妻から、石川ジムのサイトに自分の言葉で引退の報告と感謝のメッセージを書いた方がいいと言われていると、困った顔をした。もちろん自分でもそうすべきだと思っている。でも実際にパソコンの前に座ると、どうしても「引退」のキーを叩けないのです……。


 あれから4カ月、彼は自作のサイトを作った。

 タイトルは「Never give up」

 素敵な、最高の笑顔のリックがそこにいる。

http://home.attmil.ne.jp/a/Rick/


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