| ろくでなしの蝮 | ||
| 「ビビったら負けやぁぁぁ」 | 砂原洪一 |
| 4ラウンドだけの闘士を気取ってみても、リング上でブルって息の吸い方すら忘れて呼吸困難になっちまうんだから、どうしようもない。みっともなくて情けない。そのくせ、ヒーロー願望とカッコつけだけはイッチョ前だから、他人には強がってもみせる。 「今度はぜぇったい倒すからさぁ、スパーはスゴく調子いいんだぁ」 なぁんちゃって試合じゃ戦力ゼロに等しい。はぁぁぁ、いくら走っていても1ラウンド1分も過ぎるともうガス欠だ。 えてして、虚勢は同じ匂いを内包する人間には痛々しいほどよく見える。 鳴り物入りでプロに転向してきた同僚は「もう倒す自信がなくなった」とだけ残して、忽然とジムから姿を消した。確かなのは、彼が生きる道としてボクシングにしがみつかなかったという事実だけだった。夜中に何度か飲んだことがあった。美味そうに生ビールのジョッキを呷り、「うああああっ」と呻くところを、その男は替わりに「ビビったら負けやぁぁぁ」が口癖だった。いや、私の弱気ばかりが男の眼についたからなのだろうか。脳裏に思い浮かぶ彼は決まってその台詞を突きつけてくる。 「ビビったら負けやぁぁぁ」 「弱気は最大の敵」と丁寧にやはり筆ペンで書いて部屋に貼り、唱えてもみた。 ジャッキワサイダイノテキ、ジャッキワサイダイノテキ、ジャッキワサイダイノテキ…… 私に恐怖心を抱かせるモノの正体を一つ一つ暴いて解決していかなくちゃ、前に進めない。 開始のゴングが鳴り、敵のファーストアタックがジャブ(の場合がほとんどだが)でもワン・ツーでもいきなりの右ストレートでも、顔面ブロックしてしまう。顔面ブロックなんていうと防御したみたいだが、ただのもろ直撃。14オンスのグラブで殴り合うヘッドギアに守られたスパーリングなら、パリング、ダッキング、相打ち狙いまで、選択のオプションを使いまわせるのに、実際のリングじゃ、いきなりゴチーンだ。脳からの命令系統がまったく作動しない。そもそも脳が凍り付いてカチカチ。そのゴチーンが硬質の拳(ボクサー個々違っていてまったく痛くない軟らかいのまである)だったりしたら、私はもう死にかけの金魚だ。水槽の水面下で口をパクパクさせながら浮遊するように、リングでじたばたともがく。そして当然のようにルーザーとなる。 自分をマクらなくっちゃ! 何が原因なのか、はっきりわかるまで自分とがっぷり四つを組んで向き合うしかない。時間をかけることを恐れんな。じっくり、たっぷりと時間をかけることは、ある意味でいちばん洗練されたかたちでの復讐なんだ。 ある深夜、ぼんやりとプロ野球ニュースを眺めていると、当時、ヤクルト・スワローズを率いていた野村克也監督が 「練習とは手段にあらず、目的そのものである」 とつぶやくように唱えていた。 あっ、そうかっ! まったくもって想像力の欠如だったんだ。それは欠如を想像しないことに起因する。14オンスか、8オンスか。ヘッドギアの有りか無しか。あの匂い、あのくぐもったようなゴングの鐘音。リングシューズとキャンバスで擂れる松ヤニの感触。友人、知人の声援……。五感をフルに活用して、どれだけジムワークでホールを思い描けるか、なんだ。お調子モンの思いつきじゃねえ。一過性じゃダメだ。いつも、いつも、繰り返し、繰り返しできるだけ正確に頭の中で場面を作れ。あいつはいつもデジタル時計の場所から見てたっけ。あいつと目を合わせて頷く。やつは声がデカいんだけど、いつも南側の天井桟敷にいるから、リング上から姿は見えねえ。私の名を呼ぶダミ声だけが聞こえてくる。思え!想像しろ!そしてドップリとその中に浸かれ。 そう、イメージトレーニング、メンタルの修練でしかないんだ。 時代はオリックス・ブルーウェーブの不精ひげのないイチローが 「遊ばなきゃで、変わらなきゃ」 と何のCMだったか、声高に叫んでいた。連呼していた、あるいは絶叫していたという表現がふさわしいぐらい印象的に、私の耳には残った。 そして、寺山修司唯一の長編小説「ああ、荒野」に登場するボクサー・新宿新次の饒舌な肉体は、トレーニングばかりではなく快楽によっても作り上げられたものであったという描写にも目を奪われた。 リング上で何も語ることのない私の肉体に足りないものは、快楽か。 小説の登場人物になろうとしたことはなかっただろうか? もしそういう経験があるならば 君達にもわかるかも知れない。 時として、 虚構の中の登場人物の方が 心臓の鼓動をもつ人間よりも強く、 真実を語ることを。(リチャード・バック) そもそも、セックスはマスターベーションに限るとばかりに、閉塞的に凝り性になっていた。ことマスターベーションに関しては達人、あるいは名人とまで自負していた。まあ、他人と比べるモンじゃねえから、100人中70人はそう思ってんじゃなかろうか。もっと多いか……、間違いない。試合前の儀式のような部屋の掃除では、もう戻ってこられないかもしれないと試合のたんびに、なんか恥になりそうないかがわしい書籍はすべて処分していた。が、しかし、だ。強くなるためには、いや、勝つためにはどうやらそうではないらしい。ろくでなし風に言えば、マグワらなければならないのだ。勝つためには・・・…。 エントリーした新人王トーナメントの一回戦は初めてのKO勝ちだった。相手の拳が硬くない。緊張はしたが萎縮はしなかった。昂揚はしたが決して分裂はしなかった。そして、はじめてリング上で楽しいと思えた。左フックを放つと手応えもあまりなく、スーッと打ち抜け相手がフッと視界から消えた。左フック一撃で敵を倒せば、もうこれで世の中をしのいでいけるなんて本気で思い込んじまうんだから、やっぱりお調子者は始末に負えない。加速度的に過ぎ去っていった月日のなかで特定のあつかいになるきわだったこの夜は、布団の端っこを見つめ、得意になりながら眠りに落ちていったのだった。 (以下次号) |