| 元東洋太平洋バンタム級チャンピオン Text By 新田 渉世 Photo By 山口裕朗 |
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| セレス小林さん |
| 前回の“戦士”畠野幸雄(宮田ジム)氏からの紹介で、現在は千葉県柏市のセレス・ボクシングスポーツジム会長である小林昭司氏を訪ねた。 一般に知られている彼のイメージは、真面目で地味な世界王者―といったところだと思う。しかし今回の対談で、彼は知られざる素顔を存分に披露してくれた。久しぶりに“トークコーディネーター”のウッチーこと打越昌弘氏(元日本Sバンタム、フェザー、Sフェザー級1位=帝拳ジム)も参加し、宴は大いに盛り上がった。 「世界チャンピオンの時は、付き合いでほとんど毎日朝帰りでした」―“豪遊”?していたチャンピオン時代を振り返るセレスさん(呼び易いのでこう呼びます)は、思い出話を語り始めた。「当時はヨメさんに辛い思いをさせました。門限は4時だったんですが(遅い!)、何度かそれを破っちゃったんです。ドアにチェーンをかけられ、家に入れてもらえず締め出しを食ったり、銀座でもらってきたケーキを顔に投げつけられたりと、いろいろありました」 ある日、セレスさんが家へ戻ると、子供の服やバッグがなくなっていた。度が過ぎる亭主に耐え切れなくなった奥さんは、ついに家を出てしまったのだ。「パパ、ママに謝って・・・」幼い愛娘からそう言われたセレスさんは、ダイヤの指輪を買ってきて「もう一度結婚してくれ」と、奥さんの前で土下座をして懇願した。「本当に“子は鎹(かすがい)”ですね。ちょっと気は強いけど、今のヨメさんだから世界チャンピオンになれたんです」と、小林昭司は曇りの無い笑顔でそう言い切った。「でもねえ・・・、いい意味での遊び心は必要なんですよ!」久々に登場したウッチーは、セレスさんの派手な夜の生活を支持する雄叫びを上げた。「打越さん、携帯番号教えて下さい。なんかメチャメチャ気が合いそう!!」元世界王者は満面の笑みを浮かべてそれに答えた。偶然にも同じ茨城県出身の二人は、この日すっかり意気投合してしまう。 「そう言えば、さっきから誰かに似てるなと思っていたけど、畑山隆則としゃべり方がそっくりですよ。言われません?」と、ウッチーのエンジンがかかってきた。「そうですか。彼は好き嫌いがはっきりしているし、自分を曲げないですからね。ボクも頑固ですから似ているかもしれませんね」―頑固さは世界チャンピオンの条件なのかもしれない。 「ボクは本当に世界チャンピオンになりたかったんです。初めは“天才”大橋秀行さんや“アンタッチャブル”川島郭志さんのようなカウンターパンチャーになりたかったんですけど、トレーナーに『ムリ』って言われて今のスタイルに変えたんです。世界チャンピオンになる為に―」頑固である一方、自分を曲げることの必要性も熟知している自称「プラス思考の楽天家」なのだ。 「でもねえ・・・、ジムにゴミが落ちてるとダメ。家でも風呂の天井にカビがあるとダメ。ムカついて自分で掃除しちゃうんです。ドアの開けっ放し、服の脱ぎっぱなしも絶対許せないですね」“プラス思考の楽天家”が「何で変なとこ細かいのよ!」と奥さんに呆れられている。 「いやあ、オレもなんですよ!」またまたウッチーが雄叫びを上げた。「窓枠にホコリが溜まってたら、指で拭って『何これ・・・』ってやっちゃいますよね!!」―こんなところでも気の合ってしまった二人の間に、私の入り込む余地はもう無かった。 ラストファイトでアレクサンドル・ムニョス(ベネズエラ)に負けた時、セレスさんは「オレはこいつには勝てない」と感じた。「オレ、『あしたのジョー』が大好きだったんですよ。ラストシーンでジョーがつぶやく『燃えカスなんて残りゃしない・・・』というセリフが好きだったんです」 「あしたのジョー」は、不良少年だった主人公の矢吹丈がボクシングと出会って、男の友情や命を燃やす喜びを知ってゆく有名なボクシング漫画だ。ボクサーとして成長してゆくジョーは、ついに無敗の世界王者に挑戦して判定負けを喫する。しかし、「燃えカスなんて残りゃしない。真っ白な灰に燃え尽きたぜ」と、命懸けで闘い切った充実感に微笑みを浮かべながら呟くラストシーンで物語が完結する。 ムニョスに負けた時のセレスさんは、まさにそんな心境だったという。偶然、私がボクサーを志したのも『あしたのジョー』の同じ場面がきっかけだった為、セレスさんの言葉はとても印象に残った。残念ながら私の場合は、ジョーのように世界戦という大舞台に立って燃え尽きることは出来なかったが、セレスさんは見事にそれを体現したわけだ。 ![]() 燃え尽きて引退を決めたセレスさんを、家族は温かく迎えた。お父さんは「セレス小林はオレの息子じゃなかった。引退してやっとオレの息子に戻った気がする」と。奥さんは「やっと本当に家に帰って来てくれた気がする」と。お兄さんは「セレス小林の時は、一ファンだったけど、オレはお前の兄貴なんだよな」と。身内にそう言って迎えられた時、セレスさんは心の底から嬉しかったという。 「昔、自営業を営んでいた兄貴が、サラリーマンに転向しようと悩んでいた時、『思った通りやればいいじゃん。オレは兄貴をずっと追いかけているんだからさ!』って言ったんですよ。オレの中では、いつも兄貴、兄貴でした。今でも兄貴はすごい、兄貴がいてよかったと思ってます」―お兄さんへの思いを、セレスさんはそんな風に語った。 「オヤジは『人に迷惑をかけるようなことをしたら、オレがお前を殺す』と言ってオレを育てました。胸を張って『これがお前の息子だ!』って言えるようになりたかったんです」―お父さんへの思いを、セレスさんはそんな風に語った。家族愛が非常に強い―彼を支えているモノのひとつが“家族”であることが、少しずつ分かってきた。 ムニョス戦の後、ほとんどの人が「もう1回やれよ。まだ出来るよ」と言ってきた。「彼らはもう1回オレを連れ回したいだけだったんです」自分にとって本当に大切な人間が誰なのか、セレスさんは強く感じるようになっていった。「体は大丈夫か?オレは再起には反対だ。体を大事にしてくれよ」そう言ってくれた人達が本当の財産だった。彼らが今のジムの後援会になってくれているという。「オレはセレス小林ではなく、小林昭司と付き合っているんだ」後援者のひとりがそう言ってくれた時には、嬉しくて涙が止まらなかった。「もっとやれ」と言っていた人達は、引退後は潮が引くように消えていった。 かつて破竹の勢いでスターダムに駆け上っていた、元帝拳ジムのホープ打越昌弘が、あの高橋ナオトにアゴの骨を割られて敗退した時にも、人々は同様に彼の元を去っていった。「ボクはチャンピオンでも何でもないけどね、気持ちはよ〜く分かりますよ!」―惹かれあう二人を私はどうすることも出来なかった??? 若い頃は茨城県の暴走族で単車を唸らせ、酒、タバコ、オンナ、シンナー・・・、昔は何でもやった。“真面目で地味な世界王者”の素顔は、無邪気で遊び好きの悪童だったようだ。ただ「自分はこんなもんじゃない」という思いが彼をひたむきにさせ、周りからは“真面目で地味な世界王者”に見えたのかもしれない。 「オレは自分が大好きなんです。自分がセレス小林の一番の応援者なんです。子供の為でもヨメさんの為でもなく、自分の為に戦ってきました。彼らはオレにとって“起爆剤”なんです」そんな風に語るセレスさんだが、私には愛する家族の為にも闘っているように見えたが、どうだろう・・・ この夜の宴は、セレス&ウッチーの二人の茨城県人で話が盛り上がってしまい、あまり私の出る幕がなかったが、セレス小林こと小林昭司の素顔を十二分に感じ取ることが出来た。これからは“ジム経営”という同じ土俵で切磋琢磨してゆければ思う。 |

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