| ろくでなしの蝮 | ||
| こんなはずじゃぁぁぁ | 砂原洪一 |
| デビュー戦で勝ちを拾って、三連敗、やっと決まった試合の直前に拳を折ってキャンセル。ジムにも顔出さず、ただただ、16キロ、60分のロードワークに酩酊してゆく。 1キロ4分のロードワークを何キロ走ろうと、ひとときの自己満足でしかなかった。それ以上でも以下でもない。勝てない自分を保留するためのモラトリアムか、マスターベーションか…。 ボクサーとしての核も、しっかりとできていないうちの連敗だきゃいけない。勝負事に対する感性が死滅する。勝ち負けの感覚が麻痺し、現実認識がおそまつになっちまう。 「次につながる負け方だったから、次は頑張って…」 「経験値アップだから…」 負けを敗北と認識しなくなり、敗れる状態を普通と感じる。勝つ気があるんだか、ないんだか、たとえあってもすぐにポキっと折れちまう。 それでも、とチケットを買ってくれる人のやさしさにおもねるようになる。 こんな現象は、我が事ながら反吐が出そうになる。 今の自分を乗り越えるためにも、切実に、なんとしても、勝ちが欲しい。私の拳でこの世界に引き戻すんだ。そうしないことには私という人間は、このまま失われ続けることになっちまうんじゃねぇか、と思いつめていた。 4ラウンドだけの闘士、4ラウンドだけのアウトサイダー気取るなら、失くしたモノは失くした場にしかない。つまり、リングの上の試合にしかないのだ。 それにしても、鳥海純は物凄かった。元世界チャンプを完封で挫いちまうんだから。いともたやすく叩き、転がしてしまった。 「こんなはずじゃぁぁぁ」 と思ったのか、 「こんなに強いとは…」 と思ったのか、かつてレオ・ガメスを倒した元世界王者・ソーンピチャイは鳥海純の乱打にさらされた5ラウンド終了のゴング後、しばし立ち尽くした。 2年前に交錯した、仲里繁と鳥海のベクトルは共に上向き。その後、主戦場をバンタムへと1800g落とし8連勝(6KO)。勝つためには、その時点での力すべてを使うか、あるいは使うつもりで待機させてなくちゃならないわけだが、仲里戦後のリニューアル鳥海はまだ底を割っちゃいない。 何年前だったか、加山利治のタイトルマッチの夜、劣勢の加山を盛り立てようと、鳥海は立ち上がり加山コールの音頭をとりだした。そのファイトスタイルとこの行動に合点がいかなくて、ぶしつけにも「こんなことするには、ほど遠い人だと思ってたんだけど…」と問うと、「こんな時、黙ってられない性質なんでね」とそっけなく答えたものだった。 ひいきのボクサーの明日が、リングに輝かしく照らし出された夜は、また格別に枡酒がたまんねぇ。居酒屋でたまたま隣の席にいた、ボクシングなど一度も生で見たことのない学生諸君に、鳥海純のポジショニングがいかに素晴らしいか、身振り手振りおまけに沫まで吹きながら滔々と語りだす。絡まれた輩はまるで事故に遭ったような顔してたっけ。迷惑かけてありがとう。こうしてまた、ろくでなしをやっている。 ランニングハイに浸り膝っ子ぞうを抱きながら、ふさぎこんだところで、なんの糸口も見付かりゃしない。ただ自分の欲求や期待さえが自分の中だけでは自己完結できないってことだけが明確になってくる。精一杯の今、掛け値なしの実存感、リングで透かして見なくちゃ自分の存在が確かめようもない。 一ヶ月ぶりのジムはなんだか敷居が高く感じられ、頭を丸めて申し訳なさそに入っていくと、 「無事これ名馬、って云ってねぇ、怪我だきゃあいけないんだよ。治ったら、いくらでも試合は組んでやるから」 とあたたかく会長(オヤジ)は迎えてくれた。 ヤッター! 絶望しかけている人があったら、可能性をもってこい、可能性のみが唯一の救いだ。 あとはビビリ屋の自分とどう折り合いつけていくかだ。4戦やって、デビュー戦からずっとブルう度合いに慣れって言葉が見当たらない。リングに上がると決心がつくとか、吹っ切れるとか、他人は言うが、他人は他人。あのライトに照らされ、眩しすぎて、頭は思考停止、真っ白になっちまう。あげくにここで何をしたらいいんだろう、ともうどうしようもなくブルって舞い上がっちまう。闘志とか勝つ気以前の問題。呼吸の仕方も忘れ、呼吸困難に陥る。まったくもってみっともない。 (以下次号) |