| 元東洋太平洋バンタム級チャンピオン Text By 新田 渉世 Photo By 山口裕朗 |
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| 畠野幸雄(宮田) |
| 「目標のない自分、もう怒られることの無い自分が嫌だった―」 千葉県柏市周辺に3店舗の居酒屋を構え、青年実業家としては大成功を収めている"元プロボクサー"が、「何か」を求めて8年ぶりのリングに帰ってきた。 先月の"戦士"伊藤洋幸氏(宮田ジムトレーナー)の紹介で、昨年9月2日にカムバックを果たしたB級ボクサー畠野幸雄選手(宮田)を訪ねた。 初めて訪れた宮田ジムでは、他のジムにはない活気に驚かされた。宮田会長自らメガホンを持ち、大声で叫びながら動き回っていた。ジムに入ると伊藤トレーナーが出迎えてくれ、「もうすぐ畠野のスパーが始まりますから」と、缶コーヒーを手渡してくれた。5勝(2KO)9敗2分という戦績が信じられないほどキレの良い身のこなしで、相手をコーナーへ追い込んでゆく。12年前に後の日本Sフライ級王者‐松倉義明(宮田)を1RKOで破っているのは、伊達ではないのかもしれない。久しぶりの現役選手との対談に、私は少々身の引き締まる思いだった。 練習を終えた畠野選手と、彼が運転する高級車で柏の居酒屋へ向った。スパーリング中とは違い、ニコニコと顔中にシワをよせて笑う愛想の良い30歳だった。車中、フォトグラファ山口が次から次へと畠野選手に質問するもんだから、早くも話は盛り上がってしまい、私は暗闇の中でメモを取るのに四苦八苦だった。 「頑張っても頑張らなくてもトップでいるという自分に行き詰まってしまい、『人間的に勉強できるジムがある』と友人に誘われて宮田ジムに入門しました。そして伊藤先生と出会ってしまい、もう一度プロでやることを決意したんです」 昨年3月11日におこなった8年ぶりの復帰戦は4回戦だったが、リングへ上がる階段に一歩足をかけた時には涙がこみ上げそうになった。「まだ早い。勝って泣くぞ!」そう自分に言い聞かせた。これまでこんなに練習したことはない。こんなに走ったことはない。一体俺は何故こんなに燃えているんだろう・・・。自らの変化に自分自身戸惑いながらも、見事に復帰戦を勝利で飾り、顔中にシワをよせて泣きじゃくった。 ![]() 畠野氏は小学5年生の時、ジムに通っていた6歳年上のお兄さんに影響を受けてボクシングを始めた。お兄さんはプロになったものの、脱臼癖があり、しばしば試合中にタンカで運ばれた。「悔しい。俺にやらせろ。俺なら勝てる」自分にとって大きな存在だったお兄さんが負けるなんて、畠野少年にはあり得ないことだった。「弱い少年だった」という畠野少年の心に、この頃から戦いの火が点った。やがて柏ジムでプロデビューはしたものの、「あの頃はただ粋がってただけで、練習もサボってばかりだったし、ロードワークも全然やってませんでした」とかつての自分を振り返る。 「さっき、練習を終えてバンテージをはずす畠野さんを撮らせてもらいましたけど、すごくいい空気を持っていますね。カメラを持つと感じるんです。この人といろいろ話したいって思いました」フォトグラファ山口も成長したもんだ。もう"アーチスト"と呼んでいいかもしれない???確かに畠野選手は、何か雰囲気を持った人だった。 高校は、先輩とのいざこざで3ヶ月でドロップアウト。「不良ではなかったんですけどね。いじめっ子は大嫌いでしたから、友達がやられたら俺が仕返しをする―という感じでした」高校をやめ、16歳から居酒屋の仕事に就いた畠野少年は、22歳で独立して自らの居酒屋を開業した。そして今から4年ほど前に、60席はあるという現在の店をオープンした。「昔は従業員をぶん殴りながら厳しくやっていましたけど、今はあり得ないですね」と顔中にシワをよせて笑う。彼は運転をしながら携帯でお店へ電話をかけ、席の予約を取った。その口調は温厚で、従業員を思いやる言葉が時折聞こえてきた。 週2〜3回は、お店に近いセレス小林ジムでトレーニングをしてから仕事に入り、深夜お店を終えた後、ロードワークに出かける。お店が休みの日や、従業員に任せられる日は車を宮田ジムまで走らせ、伊藤トレーナーとのトレーニングに励む。そんな生活を1年半ほど続けている畠野選手だが、宮田ジムでは"無口で静かな男"というイメージが定着しているらしい。ところが―、柏にある彼の店に到着し、常連客達と言葉を交わした時には、全く違う顔を我々に見せてくれた。「どこ行ってたの?明るい人がいないから寂しかったよ!」そんな声があちらこちらから投げかけられた。 有限会社マリナコーポレーション取締役−畠野幸雄氏の名刺には、柏駅東口店、西口店、隣の我孫子市店と、3店舗の居酒屋が記されていた。共通の店名である、"炭火焼居酒屋「八っちゃん」"は、"末広がり"であるようにと命名された。「まあ、経営はギリギリですけどね」としきりに謙遜する畠野氏だが、3店舗合わせて20人以上の従業員を使っている現在、十分成功していると言っていいのではないだろうか。「まあ、もしダメだったとしても、何だってやれる人間でしたからね」と、人間としての"強さ"を感じさせてくれた。「新田さん、いい加減ボクシングの話題をして下さいよ!」とフォトグラファ山口に怒られてしまたが、私は敢えて自分の興味だけで話を進めた。お客の9割が常連客で占められるこのお店は、まさに畠野氏の人間性にお客が集まって来ていると言える。「宮田ジムへ行くようになってからお客さんが増えてきたんです。自分自身がこんなに変わるとは思いませんでした」 畠野氏に今後の夢を尋ねると、「今が一番燃えています!あと10年早かったら・・・」と、彼は"青年実業家"ではなく"ボクシング人"だということが分かった。「仕事が成功しても、僕はボクシングが大好きなんです。お店が暇な頃は、天井にサンドバッグを吊るしてよく叩いてました」メニューには"スタミナピンピン焼き"というオリジナルの減量メニューもある。山芋おろし・玉子・海鮮の具を、鉄板で焼いてかき混ぜるというシンプルな料理だが、これがまたイケる。―まあ何しろ、今彼はとっても燃えていて、まさに夢の中にいるのだ。 「目標のない自分、もう怒られることの無い自分が嫌だった―」3月11日に試合が決まった彼は、"デビュー2戦目"に向けて更に熱い日々を過ごしてゆくことだろう。彼が8年ぶりのリングに求めた「何か」とはこの"熱い日々"だったのではないだろうか― |

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