ニューヨーク日誌 番外編  By 加茂佳子




ニュージャージーにガッティを見に行くの巻 5

 おととしのことをだらだら書いている隙に、現実のアルツロ・ガッティが世界チャンピオンになっていました(1月24日1位のジャンルーカ・ブランコとで空位になったWBC世界S・ライト級王座を戦い、3−0の判定で勝利!)。

 ブラボーである。と同時に困るのである。今後ますます試合のチケットが入手困難になるではないか。

 最近後楽園ホールで、この駄文を読んでくださっている知り合いの方数人に、

「海外に試合を観にいくときは、事前にチケットを買っていった方がいいと思います」

 と、実に的確で鋭いアドバイスをいただくことがある。

 それは私としても望むところなのである。

「チケット買えなかったけどとりあえずアメリカまで行っちゃえ」なんて経験は、一度で十分だ。今度行くときは、あんな手やこんな手を使い、なんとしてでも席を取る所存である。……が、しかし。自分の交友関係を浮かべてみたがそんな手はないのである。無力って悲しいのである。


 さて、いよいよボードウォークホールへ入り150ドルの席に腰掛けたとき、私は達成感で涙ぐみそうになった。 ついにここまで辿り着いたでぇぇ、うおおおおっ、てなもんである。

 今冷静になって思い出すと、そんなことで達成感を覚えた己の小ささが哀しく、気の毒にさえ思えるが、あのときの私は数日間の心労と緊張で疲れ果てていた。箸が転がっても泣けるような精神状態だったのである。

 ここはひとつ自分に祝杯をあげねばならない。今日は仕事じゃないし、ビールを飲んでやるのだ! 

 売店にはすでに長蛇の列が出来ていた。順番を待っていると、店員が大声で何かを叫んだ。聞き取れなかった。と列に並ぶ人達がざわざわし始めた。何事?と思っていると再び、店員が声をあげた。

「ホットドック売り切れ〜」

 なんだ、そんなことかと思ったときだ。背後から叫び声が上がった。

「なんだってぇぇぇぇぇ」

 声の方を見ると、推定体重120キロ、スキンヘッド、推定年齢35歳、バター・ビーンがちょっとダイエットしました? みたいな体型の白人男性が両手で頭を抱えていた。

「俺のホットドッグがぁぁぁ、売り切れだぁぁぁ」

 彼はほかにも「F○CK〜!!」だの「S○IT!!」など放送禁止用語を連発しながら地団駄踏んでいた。「取り乱すってこういうこと!」という状態を彼は全身で表現していた。

 が、その原因は「ホットドッグ売り切れ」である。

 さすがガッティファン。一途である。熱いのである。ひょっとしたらミッキー・ウォード応援団かもしれないが、この際いい。

 彼は引き続き悪態をつきながら列を離れ、夢遊病者のようにふらふらと歩いていってしまった。ホットドッグのない売店なんかに用はないのだろう。しかし、ハンバーガーじゃだめなのか。フライドポテトでもだめか。ポテトチップスもあったぞ。

 ああ、でも彼は「俺のホットドック」と言っていたもんなぁ。代用不可か。

 アメリカ人にとってボクシング観戦とホットドックのあいだには、日本人の私には想像もつかないほど深い絆があるのだろうか。ご飯に焼き魚だったらお味噌汁。ご飯+焼き魚にコンソメスープがきてはいかんだろう。そうか、そういうことなのだ。ボクシングにはホットドッグ。それがバター・ビーン似の彼の決して譲れないルールなのだ。ハンバーガーなんかでお茶を濁そうとしないこだわりの男だったのだ。が、自分の筋をつき通す人は、時に世間から受け入れられにくい。彼もまた周囲から、ちょっと狂った人、という視線を向けられていた。

 しかし、この日のために何個のホットドッグが用意されたか知らないが、1万人以上入る会場である。少なくとも千個ぐらいは準備していただろう。それが開場して1時間もしないうちに売り切れって、アメリカ人よ、ホットドッグ食べすぎ。


 今号で最終回にする予定でしたが、発熱のためこんなところで終わらせていた
だきます。すみません。




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