☆ 階級化社会についての考察(ボクシングに関係のない話2)
前回までのあらすじ・・・妻への罪滅ぼしのため、メキシコに向かった「私」。殺人事件に巻き込まれるわけでもなく、何らかのハプニングが発生するわけでもなく、ただ黙々と屋台のタコスを食べ歩きしていた二人だったが、そこでなんと目にしたものは・・・!というほど大したことではないが、階層による生活の違いの厳しさを発見したのであった。
えーと、このことに関する考察はまだまだ続くと前回の最後に書いたのですが、実際に何か書こうと思ったら、とりたてて述べるほどのこともないのに気がついてしまいました。編集長もボクシングの話題から遠ざかって苦々しく思っているでしょうし、やはりこの辺で本来の「マネージャーのお仕事」に戻りたいと思います。いい加減だなあ、と思われるでしょうが、私の能力の無さを察してやって下さい。だって急に思いつかなくなってしまったんだもん。
ただもう一つメキシコについて言いたいこと。歩行者にとってメキシコシティーとはとても厳しい都市である。横断歩道はほとんどないし、自動車はものすごい勢いで突っ込んでくる。また道路に段差が多く、ボーっと歩いているとつまずいてしまうのだ。ただ歩くだけで他の都市の数倍は疲れる。つくづく自動車中心の社会なのだな、と思ってしまう。
しかも車は四六時中、クラクションを鳴らしている。あれはなんでだろう。確かにシティー中心部の交通渋滞は大変なものだが、クラクションを鳴らしまくったからといって、何か事態が好転するとは思えないのだが。そこでイライラするのなら、仕事をもっとテキパキやれよ、と思ってしまう。メキシコ七不思議の一つであった。
☆ 日本のPABA加盟を主張する!
さて、ボクシングの話題に戻る。
私は、昨年はインドネシア・バリ島でのWBA(世界ボクシング協会)総会に出席し、今年に入ってからは、西澤ヨシノリの世界Sミドル級タイトルマッチのためオーストラリアに飛んだ。たて続けにWBA関係の行事に参加して、切実に感じたことがある。
PABA(汎アジアボクシング協会)の勢力の増大である。増大、という言葉はふさわしくないかもしれない。すでに世界の中で、PABAはアジア地区の地域タイトルとして立派に市民権を獲得し、定着してしまっているのである。PABAに新興タイトルという名を冠して、マイナー王座扱いする日本の風潮そのものが、もはや立ち遅れてしまっているような気がしてならない。
このようなことは日本に閉じこもっている限り、決して知ることができない。
今回の西澤ヨシノリの世界戦は、ジョー小泉さんにマッチメークしてもらった。その関係で、ジョーさんとはいろいろお話させて頂く機会が増えたのだが、PABAについてご意見を伺うと私とまったく同じ考えであることが分かった。と言うよりも、ジョーさんはとうの昔から加盟推進論者なのである。ジョーさんのように日常的に世界を飛び回っている方の目からは、OPBF(東洋太平洋ボクシング連盟)だけを「正統な」アジアタイトルとし、大事に大事にその権威を守っている日本のほうが、奇妙に映るのではないか。
私の仕事の大半は国内の雑事であり、海外の動向に目を向けることはそれほど多くない。だから、このたびの連続出張で、遅ればせながら、PABAの存在感にようやく気がついた、ということである。
例えば、マンディン−西澤戦の立会人は韓国のシン氏。彼はPABAの会長を務めており、またWBAの筆頭副会長という要職にも就いている。(筆頭という言葉にどれほどの重みがあるかは知らないが、少なくとも小島JBC事務局長はヒラの副会長である)。そして、ビザ関係の問題で豪州入国不能になったフィリピンのジャッジに代わって、急遽、審判席に着いた地元のミルハム氏は、PABA副会長である。彼は今回の世界戦実現に当たりコーディネーター的役割も果たしている。つい先日のヨーサナン−杉田戦のレフェリーとしても来日した。さらに王者マンディン自身は知っての通り、PABA王者からWBA決定戦に進出した、いわばPABAの秘蔵っ子である。
このような勢力分布下のところに、元OPBF王者である西澤が飛び込んだのである。むしろこちらがマイナー団体出身であるかのような疎外感を覚えましたよ。
この、日本にいると気が付かない、感覚の違い。PABAをキワモノ扱いにして無視してきたツケが表れてしまっている気がする。
バリ島でも、PABAが総会のホスト役として存在感を十二分に発揮していた。総会興行の一環で、世界フェザー級暫定王座決定戦が行われたのだが、そのセミファイナルにはPABAのタイトルマッチが、当然のように組まれていた。
このような時、日本の小島事務局長の立場は微妙である。
メインイベントはWBAのタイトルマッチである。ご自身が副会長を務めるWBAの、れっきとした世界戦である。例えば、試合前のセレモニーなどではWBA役員の一人としてリング上に立つことが出来る。しかしセミファイナルのPABAタイトルマッチの時はそうはいかない。リング上のセレモニーに参加する、ということは、その試合を認定し祝福することになるからである。プロレスやキックボクシングやIBF日本の試合に、JBCの役員が参加できないのと同じ理由で、小島氏はPABAのリングを拒否しなければならない。同じ日の同じリングで行われる試合をこのように峻別する姿勢に、大きな矛盾を感じてしまうのは私だけだろうか。しかも両方ともWBA公認の試合なのに、である。少なくとも他のWBA加盟国にとっては奇異に映るに違いない。
WBAの加盟団体なのに、WBAの直属の下部組織であるPABAを認めないから、こういう困った事態になってしまうのである。また、世界統括団体はWBAとWBC(世界ボクシング評議会)の両方に加盟しているが、その下部組織である地域統括団体についてはWBC側のOPBFしか認めない、というのはバランスの上からも具合が悪いのではないか。
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ただ、PABA反対論者の主張にも、それなりの理があることは認めざるを得ない。その主張とは「タイトルが幾つもあると、権威が低下してしまう」というものだ。WBC加盟、階級増設、暫定王座制度誕生、スーパーチャンピオン制度誕生、このような事態がある度に必ず言われ、繰り返し叫ばれ続けてきた、昔からある批判だ。日本人はタイトルの権威を非常に大切にする。私も現実を見るまでは、PABAに加盟する必要など理解できなかったし、一般のファンとしても、タイトル乱立は歓迎できる状態ではないだろう。その気持ちを一概に否定できるほどの勇気は私にはまだない。
だから私は、いきなりPABA加盟を主張するのではなく、まず皆さんに世界の潮流を知って欲しいと願っている。日本国内だけに目を向けているのでは知ることの出来ない、グローバルな時代の流れを。その上で、改めて皆さんにPABA認定の是非を問いたいと思う。そう考えると、まだまだ時間がかかる問題だ。
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この件をJBCのある役員と話していて、興味深いことを聞いた。
諸外国と日本では、コミッションの役割についての認識が違う。日本ではコミッションが、数あるタイトルの中からより正当だと思うものを選別し、統括団体に加盟するという形でタイトルを認定する。あくまでもコミッションが主導権を握って、どの団体を認定するかを決定するのだ。だが、諸外国のコミッションは、あくまで「ボクシングの試合そのものを管理・認定すること」が任務であり、タイトルの正当性については、プロモーターとマスコミとファンが決めることだ、という考えがある、と言うのだ。つまり、コミッションは「この試合になんていうタイトルが掛けられているかは存じませんが(それは認定団体がご自由に認定して下さい)、これがボクシングの試合である、ということだけは認め、管理に責任を負いますよ」という姿勢なのである。
この発想は面白い。その理論で行けば、フォアマンが東京でWBUタイトルを戦った試合なども、JBCの管轄下で行うことが出来た。タイソンが3団体統一チャンピオンとして東京ドームに来たとき、試合にIBFタイトルが掛かっていたか否か、などという神学論争のようなこともしなくて済んだ。(ただし、こういう国のコミッションは多くが政府直轄なので、コミッションが認めない試合を行うことは許されない。それでは単なる非合法の殴り合いになってしまうからである。女子ボクシングやIBF日本のようなJBC管轄外の「草試合」が成立してしまう日本という国は、やはり特殊なのである。)
タイトルの価値などは世論で決めれば良いことだし、そもそもアメリカなどではタイトルの権威よりも、ボクサーの人気とマッチメークの面白さに重きが置かれている。
「日本もいずれはそうなっていくべきなのかなあ・・・」そのJBC役員がつぶやいたのが印象的だった。
そこまでなるのは実際には無理だとしても、多団体乱立が世界の中で当然となってしまった現在では、考え方としてありうると思う。
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