NY、勝手に殴れ!
   [ ヘビー級の夜 ]
Text Photo By 杉浦 大介





 殿堂マジソンスクウェア・ガーデン(MSG)に、ボクシングが一晩だけ戻って来た。
 2003年12月6日、土曜日。外は大雪、しかしガーデン内には歓声とため息。
 NYはヘビー級ボクシングを愛する。それがProspect(希望の星)だろうがSuspect(エセホープ)だろうが、鋼鉄の肉体だろうが肥満体だろうが、ヘビー級となると、ニューヨーカーはいつでもキャンディーを与えられた少年のようになってしまう。
 モハメド・アリ、ジョー・フレージャー、ラリー・ホームズ、イベンダー・ホリフィールド・・・・・・MSGのリングに過去に登場した、ヘビーウェイトの巨星たちである。

 1万1千人が埋め尽くしたMSG。事前の発表では1万2千枚以上のチケットが売れたとのことだったが、豪雪が多くを足止めしたのだろうか。だがそれでも、大観衆には変わりない。
 雪が何だというのだ?貴方は次の偉大なヘビー級王者と、新しいホット・キッドの躍進を目撃できるかもしれないのだ。
 6ヶ月前、代役挑戦者としてレノックス・ルイスに挑んだビタリ・クリチコは、LAのリングで男を上げた。WBCのベルトまであと一歩だった。すべてのスコアカードでリードされながら、クリチコの目を襲った激しいカットが、救いようがないほど不出来のルイスを救った。
 全米の同情を買った悲運のチャレンジャーにとって、タイトル戦以降、この日が初めての試合である。相手はリング誌のランクでトップに近い評価を集めるカーク・ジョンソン、3−1のアンダードッグだが、動ける、パンチもある。番狂わせは起こり得ると人々は言った。

 しかしこの日のイベントの唯一のウィナーは、結局、ウクライナの大巨人、恐るべきビタリ・クリチコだけだった。背筋をピッと伸ばしてリングを静かに歩き回るクリチコを観ていると、何やら旧いボクシング・フィルムを観ているような錯覚に陥る。オールド・ファッション。無表情の迫力。ドラゴの再来。
 彼はモビー・ディックのように膨らんでリングに現れたカナダ人、カーク・ジョンソンを僅か2Rで蹴散らした。スウィート・ライトハンドで2度のダウン、それでも巨鯨は5カウントで立ち上がるが、既に戦意なし。
 対戦相手の悪コンディションを差し引いても、圧倒的な、周囲を満足させる勝利だった。スタンドからも大喝采。特にセミファイナルで、バッファローの新星[ベイビー]・ジョー・メーシが馬脚を表すのを見せられた直後だから、観客席の興奮も尚更だったのだ。

 もしかしたらセミのジョー・メーシのファイトの方が、戦前はよりファンの好奇心を掻き立てていたのかもしれない。ベイビー・ジョーは27勝無敗。その半数以上はアップステイトの彼方で行われたものだが。対戦相手のほとんどは名も無きストレンジャーなのだが。
 だけど、27勝、25KO。もしかしたら本物か?ロッキー・マルシアノのレコードとの比較も、とんでもない暴論なのだが、とにかく人々の興味を煽った。
対戦相手モンテ・バレットの名は、ポスターにもTVコマーシャルにも、試合チケットにすら記されていない。完全な引き立て役。バレットのためのスペースは、横たわるリングの上だけだと誰もが思った。
 だが、話は違った。
 凡庸なメーシ。単調な動き。不格好な肉体。試合前のメーシ=マルシアノのバトルトークの方が、試合そのものよりも遥かに上質だった。
 メーシはバレットを5ラウンドに右でダウンさせる。完全KO まであと一歩。しかしフォローアップはない。距離をとるバレット。更に2ラウンドが過ぎて、今度はメーシがキャンバスに崩れ落ちる。バレットが最後の3ラウンドを取る。メーシの左目は綺麗にフタを閉じる。
 そして、判定が下る・・・・・・

 試合後、プレスカンファレンスでバレットが受けた質問の大半は、ベイビー・ジョーのパワーについて。
「悪くないよ。何ら特別なものではないけどね」
 バレットは言った。
「それよりもオレのパンチがどうだったか、彼にも訊いてみてよ」
 ボクシングファンは、寛大にならなければならないのだろうか。[ベイビー]・ジョー・メーシ、30歳。だがボクシングキャリアはまだ短い。まだ学んでいる。この夜、リングのジャーニーマン、モンテ・バレットに貴重なレッスンを受けた。
 ビタリ・クリチコは、一方で、余りにも順調にNYの階段を上っていった。
 彼は今年中にルイスとの再戦のチャンスを得ることになっている。だがそれは、無気力なイギリスの雄が再びリングで戦う気になった場合のみの話だが。
 ヘビー級ボクシングが暗闇に包まれて久しい。いったいいつからこの暗黒の時代は始まったのだろう?だが、クリチコには私たちが注目する価値はある。
 試合後のTVインタヴューで、No.1コンテンダーはルイスに向けて叫んだ。
「レノックス、見ているんだろ?私は準備OKだ。6ヶ月前からOKだったし、今でも準備OKだ」

 ビタリとジョーが登場するよりもっと前、リングのツユ払いに現れたブルックリンのウェルター級ホープ、ポーリー・マリナジは無敗のレコードを16−0に伸ばした。
 ポーリーは言う。MSGで戦うのが大好きだと。
「最高だったよ。毎回ここで戦いたい。大アリーナ、大観衆、スポットライト・・・・・・」
 モハメド・アリ、ジョー・フレージャー、ラリー・ホームズ、イベンダー・ホリフィールド、レノックス・ルイス、リディック・ボウ・・・・・・そしてビタリ・クリチコ、更にジョー・メーシ?
 MSGとヘビー級。次はいつになるのだろうか?
 前回から今回まで、ゆうに2年間が必要だった。
 はっきりしていることはただ1つ。また、ガーデンは大観衆で埋まるのだろう。大雪でも、快晴でも。Prospectでも、Suspectでも。いつでも、誰でも。
 モハメド・アリじゃなくても、例え、ジョー・メーシでも。



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