☆ マネージャーが行くボクシング王国の旅・番外編
12月中旬、休暇をとって妻とメキシコシティーに行ってきた。
私はお盆も正月もほとんど休みを取らない代わりに、比較的仕事の暇な時期を見つけて、毎年海外旅行に出かけるようにしている。それは、普段、私が朝まで飲んだくれて迷惑ばかり掛けている妻に対する、家族サービス(というより償い)の意味合いがある。
したがって、純粋なバカンスであり、仕事のことは完全に忘れた。「ボクシング王国」?そんなことは知ったこっちゃないのであって、ただタコスとコロナビールを楽しみに行ったのだ。某専門誌編集者が、新婚旅行だというのに、行った先で「ボクシングジム巡り」なる暴挙を強行し、怒り心頭に達した奥様と大喧嘩になってしまったという、まことに身につまされるエピソードを伝え聞いていたので(ボクシング関係者のやりがちな愚行ですね・・・)、私はボクシングの「ボ」の字も頭から追い出した次第である。だから今回の旅では、WBC本部オフィスと、パンチョロサレスジムにしか、訪れていないぞ!
というわけで、今月の原稿はボクシングとまったく関係のない話題になってしまうが、メキシコという土地柄について感じたこと考えたことを、つれづれに綴ってみようと思う。ボクシング界には、メキシコに長く住んでいる人いた人が大勢いることだろうが、「そんなの言われなくても知っているよ!」とか「わ!林は間違ったこと言ってるなあ」と思われても気にしないで読み流して頂きたい。あくまで通りすがりの一旅行者として観察したことであるのだから。
そもそも私がメキシコの地を踏むのは初めてではない。4年前に行われたWBC総会に出席するためにメキシコシティーを訪れている。その時、田中繊大トレーナーに案内されて食べた屋台のタコスの味と、地下鉄の雰囲気が忘れられず、今回妻を誘ってもう一度来訪したのである。
私たちは大手旅行代理店を通じて「メキシコシティー6日間」というパッケージツアーを申し込んだのだが、驚くことに今回の参加者は私たちだけだった。もはやそれはツアーと呼べるものではなく、個人旅行に、専属のガイドさんと運転手さんがついただけのようなものだった。シティーの空港に迎えに来てくれた小さなワゴン車に、ガイドさんと私たち二人だけが乗り込んだ時には、なぜこんなにシティー観光は不人気なのだろう、と考え込んでしまった。そう言えば、旅行の企画段階において、メキシコシティーだけに滞在するというツアーそのものがほとんど存在しなかったのを思い出した。メキシコ旅行と言えば、カンクーンやアカプルコなどのリゾートが主流であり、シティーはその足がかりとして、ほんの少し通行するだけという形式がほとんどだ。そして実質3日間シティーにいて分かったことは、確かにシティーは観光名所がさほど多いわけでなく、普通の旅行者にとっては退屈かもしれないなということだった。
しかし私はもともと観光名所を見て廻るという旅行にはあまり興味なく、どの国に行っても庶民の食べ物を食べ、庶民の街を歩くということを楽しみにしている。
ガイドさんは衛生上の不安を懇々と説き、「屋台のタコスだけは絶対に、ぜーったいに口に入れてはいけませんよ。絶対ですよ!」ときつく念を押したが、それが目的で来た私としては、中途半端な笑みを浮かべながら、曖昧に頷くしかなかった。もちろんそんな言いつけなどは一切守る気などない。大体、メキシコシティーにいて、それを味わわずに何に楽しみを求めろというのか。バスの車窓から遺跡を眺めるだけのツアーなら、こんなところに来やしない。
私は新婚旅行先のタイでは、香辛料の盛られた皿に無数のアリがたかっているのを目にしながら屋台のスープをすすり、ローマに行った時は、店の扉を開けた瞬間、店主と地元の常連客が、一斉にジロリとよそ者に対して冷たい視線を浴びせるようなレストランに入り(さすがに一瞬たじろいだが勇気を振り絞って店に入った)、メニューもなく英語すらまったく話せない主人に向かって、必死に料理を注文し、パスタを食ってきた。
その経験の中で分かったことは、観光客向けの洗練された店より、そういう庶民的な、観光客が二の足を踏むような店のほうが、実際にはより美味い、ということである。そしてもちろん、格別に安い。世界各地の観光都市に行けば、ご丁寧に日本語のメニューまで置いてある店もあるが、そんな所で美味しい料理を出された記憶が、私にはない。
だから今回は「せっかく」観光名所の少ない都市に来たのだから、と、思う存分、屋台でタコスとスープをほお張ったのである。ガイドさん、嘘ついてすみませんでしたー。
しかし今思うと、ガイドさん(シティーに30年住んでいるという日本人のおばさん)はシティーでは完全に中流階級以上に属していて、下層階級のそういった文化にまったく理解がない、という側面があったように思う。その証拠に、地下鉄の駅に関しては全く無知で、ホテルの最寄り駅を聞いても答えられなかったのだ。シティーで地下鉄に乗る気満々という観光客も珍しいのだろうが、彼女自身が地下鉄をほとんど利用したことがない、という現実もあったからだと思う。おそらく3日間滞在しただけの私のほうが、地下鉄路線図に詳しいのではないか。
そう、メキシコでは階級差がはっきりしている、というのが今回の旅で気付いた一番のことである。いや、むしろ「総中流階級化」している日本だけがもしかしたら例外なのかもしれない。
貧富の差が大きいのではない。もちろんそれもあるが、それより、貧富の差が「くっきり鮮明に」表れるということなのである。
具体的に金額を挙げて説明してみよう。
屋台のタコスは一つ大体20円から60円である。3つも食べるとまあ腹はふくれるから、一食200円あれば、十二分に美味しいタコスが食べられる、ということである。対して、街中にある小奇麗なファミレスに入ると、スープとパンとサラダ、コーヒーを頼んで、1000円くらい取られる。少しムッとするような値段である。屋台の方の物価に慣れてしまった身としては、これじゃ日本と変わらないじゃないか、と思わず文句を言いたくなってしまう。
次に交通機関。地下鉄は、ほぼ都心部を網羅している全路線をいくら乗り継いでも、一回2ペソ約25円である。それに対してタクシーに乗れば平気で500円とか1000円要求してくる。やはり日本と変わらない相場である。
これだけで、いわゆる「平民」と言われている層でも、二つにくっきり分かれていることが分かるではないか。つまり「屋台−地下鉄」層と、「ファミレス−タクシー」層の二つがあり、そのうち「ファミレス」層の方は、ほぼ日本の平民と同水準であるということが読み取れるのである。そしてこの二つの層は交わることがほとんどない、というのが日本とは違う厳しさである。
「屋台−地下鉄」層は、身なりもホームレスのような恰好をしていて、よそ者に対して浴びせる視線も、ギロリと睨んでくるような感じである。屋台や地下鉄では、東洋人がなんでこんなところにいるんだ、という周囲の厳しい目つきに、しばしば身が縮こまる思いをした。
だがファミレスにいると、普通にスーツを着たサラリーマンや、こざっぱりしたセーターなんかを着こなしているおじさんが、他人には興味ないね、いう雰囲気で新聞などを読んでいて、ジロジロ見られることもなく、観光客としては居心地は良いのである。
この厳然たる二つの層の文化の違い、テリトリーの違いというのは、日本では絶対に味わえない感覚である。日本ではファミレスに行けば、そのへんの貧乏学生から、お金持ちの老人まで、まあみんな、そう変わらない身なりをして同じ空間に座っていることが出来るが、メキシコではあり得ない光景であろう。
この、階級化社会についての考察は来月に続く。ボクシングと関係のない話を、2ヶ月にわたって書いてしまおう、という、一時期ライターM氏が行ったような、編集長に対する不敵な挑戦なのである。乞うご期待!
(す、すみません・・・再来月からちゃんと真面目なボクシングの話を書きますから、許して下さい・・・編集長)
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