彼らの肖像

Text By 船橋真二郎


「逃げたんですよ、ボクシングに。逃げただけなんです」

いきなりのカウンターパンチにたじろいだ。夏だというのに、暑くなりそうでなかなか暑くならない日の控室。ぼくの問いかけに対し、6回戦を戦い終えたばかりのそのボクサーは、シャワーの支度を整えながら、淡々とこう返したのだった。彼は約5年ぶりとなるカムバック戦を判定勝利で飾って以来、勝利をその手中に収めることができず、黒星を重ね続けていた。理由はその日の試合を見れば明らかだった。なんとしてでも勝利をつかみ取るのだという気迫を、彼の中に、どうしても感じ取ることができなかったからだ。

 その日のリング、彼は熱くなりそうでなかなか熱くならない、この季節と同じような試合を戦った。先手を取ってパンチを当てながらも、後1歩の踏み込みがないために、決定打とはならない。相手のパンチを被弾しながら反撃に転じるものの、後もう1歩の踏み込みが足りないために、優位な展開には持ち込みきれない。そんな歯がゆい攻防に終始し、彼は敗れた。

 それではなぜ、彼は約5年ぶりにカムバックすることを決意し、敗れ続けてなお、リングに上がり続けているのか。ぼくの彼に対する関心は、その1点に絞られていた。彼の言葉に戸惑いながら、ぼくは、次のような問いを投げかけた。

「リングを離れていた5年間で様々なことを経験し、精神的にも成長した。そうして20代の後半にさしかかった今なら、10代の後半から20代の前半にかけてボクシングをしていた頃とは、もっと違うボクシングができるかもしれない、昔とは違う結果を残せるかもしれないということはなかったですか?」

だがその問いは、彼にとっては、何の意味もなかったのである。


 以前、テレビで、オープンしたばかりの古口ボクシングジムを取り上げたドキュメンタリー番組を見たことがあった。町に新しく加わったそのボクシングジムを、人々は最初、不安気に眺めている。だが、その場所で汗を流すことで、明らかな成長の兆しを見せていく若者たちの姿を追いながら、ジムがひとつの役割を担ったかのように、次第に町の中に溶け込んでいく、といった構成のその番組の中に、約4年ぶりとなるカムバックを目指していた頃の盛川友基さんが登場していた。何の気なしにテレビを眺めていたぼくは、盛川さんがカムバックしようとしていることを知って驚いた。現役時代、長く日本ランカーとして活躍し、タイトル獲得こそ果たせなかったものの、5度に渡って日本タイトルに挑戦。29歳で現役を退いていたはずの盛川さんは、すでに燃え尽きたものと思っていたのだ。

「引退後、いろいろなことを経験し、精神的に成長した自分を実感している。今なら、以前とは違ったボクシングができるはず」

 カムバックを前に盛川さんが語っていたのは、大体そのようなことだった。恐らく盛川さんの中には、手が届きかけていながら、ついにつかむことができなかったタイトルに、もう1度挑戦するのだという強い気持ちがあったはずである。盛川さんの笑顔は、そう思わせるほどに自信に溢れ、その言葉の通り、精神的な余裕を感じさせるものだった。


 そのボクサーは、ぼくがその問いかけの全てを言い終わるか言い終わらないかのうちに、再び口を開き始めた。

「ボクシングをやっていたのは大学生の頃だったんですけど、やめた後、会社に入って、今もそうなんですが、営業の仕事をやってきました。ですが毎日が物足りないというか……、思った通りにいかなくって。それで、またボクシングを始めたんです。そんなたいそうなことではないんです。結局は、逃げただけなんですよ。ボクシングに」

 そんな彼に、負け続け、それでもなおリングに上がり続ける理由を問うと、彼は自嘲気味に笑いながら、ぼそっとつぶやいた。

「やんなきゃ良かったですね」

 そして、彼は控室を後にした。

 その日の試合がカムバック後の彼の、最後の試合になった。


 ボクサーのカムバックは何も珍しい話ではない。リングの緊張感を味わって引退した、ほとんど全てのボクサーは、それぞれ異口同音にリングへの憧れを語るものである。確かにその憧れはカムバックの契機となり得るものではあるかもしれない。だが、ただそれだけで、再びリングに上がるというものではないはずだ。恐らくは、彼の内部に、自らをリングに駆り立てるに足るほどの、激しく強いモチベーションと、そして、その自分を支える強い精神の構築が必要なのではないか。直接、聞いたわけではないが、盛川さんの場合、それらが何であったか、想像することはできる。だが、彼の場合は……。

 仮にリングへの憧れ、あるいは郷愁だけでカムバックしたのだとしても、その程度の淡い気持ちだけで、負け続けてなお、リングに上がり続けるとは想像しがたい。負けるためにリングに上がるボクサーなど、いるはずがないのだ。あるいは、負け続け、負け続け、己の無残な姿をさらすことで、ボクシングにケリをつけたかったとでも言うのだろうか……。

 いずれにしても、リングへの憧れを持ち続けるだけでなく、現実に再びリングに上がった彼は……、彼の言葉を借りると、ボクシングに逃げた彼は、そうすることで、逆に逃げ道を失うことになったのだ。


 それより以前、別の選手に会いに行く目的で訪れたジムで、彼が練習をする姿を見たことがある。仕事帰りだったのだろう。9時過ぎだっただろうか。とにかく遅い時間にジムに姿を現した彼の、黙々とシャドーボクシングを繰り返す姿が印象的だった。恐らく、逃げ道を求めようとする彼の上司や同僚の多くなら、例えば夜の街でうさを晴らしている時間ではなかったか。彼もまた、それ相応の金と時間を費やしさえすれば、安易な逃げ道など、いくらでも手にすることができたはずだった。だが、彼はボクシングを選んだ。

 彼はもう一度、戦いたかっただけなのかもしれない。しがらみもない、言い訳もないところで、己の力だけを頼みにもう一度だけ。そして、戦い続けるうち、それが実は逃げているのと等しいことなのだと彼は理解した。戦って、戦って、ようやく今の自分自身を彼は確かめることができた……。


 昨年11月、36歳になった盛川さんは、ボクシングを題材にしたエンターテイメント小説『ベア・ナックル』(講談社刊)を上梓し、作家に転進。新たな人生を歩み始めた。この先、彼が何かを見つけられないとは限らない。30歳にもならない彼の人生は、まだこれからなのである。



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