戦士と語る=現場編=その11

元東洋太平洋バンタム級チャンピオン
Text By 新田 渉世
Photo By 山口裕朗


ワタナベジム
宮田正明トレーナー

 「結婚って、ホントいいもんだよぉ!」
―もうすぐ結婚20周年を迎える45歳の中年男性が、声高らかに笑った。

 かつての対戦相手、伯耆 淳(ほうき じゅん=ワタナベジムトレーナー)氏から紹介された今月の"戦士"は、同じワタナベジムの古参トレーナー宮田正明氏。

1979年に名門野口ジムからプロデビューし、1984年までの5年間に19試合を戦った宮田氏は、奄美大島の出身。ワタナベジム草創期から、最古参の飯田トレーナー(バックナンバー2000年12月号参照)と共にその礎を築いてきた。外国人と間違えそうな"ザ・南国"という風貌は、「あぁ、あの人か―」と多くの人の脳裏に焼きついていることと思う。

以外かつ最も印象に残った「結婚はいいよ!」という言葉は、対談の間絶え間なく発し続けられた。

「新田君の試合は、いつも奥さんと子供達が応援に来てたよね。いい家族だなあって思って見てたんだよ。」

宮田氏自身は、ラストファイトの1ヵ月後に結婚して引退を決めた。現役中は独身だったものの、現役であろうが引退後であろうが、結婚の良さを力説して止まない。

「結婚して後悔したことは一度もないな。」

と断言する。世間では"結婚は人生の墓場"とう諺もあるが???、宮田氏の話を聞いていると、今でも新婚さんと間違えるような熱愛ぶりである。


―どうもまたボクシングと関係ない話になってきたが、ご勘弁願いたい・・・。ちなみに宮田トレーナーとは、大和武士、柳光和博、鳥海純などといったチャンピオンやA級ボクサーを何人も輩出した、名トレーナーである。

「家に帰ると電気がついていて、誰かがいるってことが最高だよね!」

落下傘を作る会社で、19歳から33歳まで14年間働き、その後、現在の市場の仕事に転職した。朝3時50分起床、5時から市場の仕事。午後仕事を終えると仮眠もとらずにジムの仕事。1日4時間の睡眠というハードスケジュールを毎日こなしている。

本人曰く、奥さん、そして高校生2人、小学生1人という娘さん達も、皆お父さんが大好き―。たまの休みも、家で寝ていることはないという。奥さんと買い物に出かけたり、娘さんの部活動(バレーボール)の試合は欠かさず駆けつける。日曜日の早朝野球までやっているというから、そのタフネスには開いた口が塞がらない。

「子供達にとっては、時々テレビに映ったりなんかもする"自慢のお父さん"みたいだよね。」

突然、選手を家に連れて来て食事をさせることになっても、奥さんは嫌な顔ひとつせずに対応してくれる。日頃の家族への思いが通じているからなのだろう。

「女房が一番偉い。カカア殿下でいいんだよ。」

最近は多忙にかまけて、大切なことを忘れつつあった新米会長の私に、4時間睡眠しか取っていない"ザ・南国"は、エネルギッシュに高笑いをしながら言った。

「いい家族がいるんだから大事にしなきゃダメだよ!!」


さて、現在ワタナベジムは会員数約600人。プロ選手約70人。トレーナー15人という日本一のマンモスジムとなった。宮田トレーナーの担当は、プロ選手25人、選手希望5人。毎日、約30Rのミットを受けているという。私も指導する側になって始めて分かったが、ミットを受けるトレーナーの腕や肩にかかる負担は半端じゃない。一日30Rのミットを毎日受けることがどれ程のものか、体がガタガタになってしまった私にはよく分かる。宮田トレーナーの"経験"と、生まれ持った"体の強さ"を差し引いても、プロのパンチを毎日受けることを考えると、その大変さは想像に難しくない。

それでも"ザ・南国"は、一日4時間睡眠と休日の家族サービスをエネルギッシュにこなし、声高らかに笑う。「パワーの源は家族!」と断言する宮田トレーナーだが、もうひとつ彼のモチベーションを高めているのが、前述した飯田トレーナーの存在だろう。

「飯田さんは俺の目標。尊敬している。それは20年経ってもずっと変わらない―」

宮田トレーナーにとって彼の存在は、"もうひとつのパワーの源"なのだ。

「プロだったらハートで負けない選手を育てたい。」

選手育成についての思いをそう語ると同時に、宮田トレーナーは"ボクシング人"としてプロ選手以外の人間に対しても愛情が溢れている。

「一生懸命やっている子は何とかしてあげたい。アマ選手でも、女子選手でも、自分の担当でない選手でもね・・・」

そして食事をさせる為に、突然選手を家に連れて来る。奥さんは嫌な顔ひとつせずに対応してくれるというわけだ。
新田ジム4人目のプロ選手として、12月17日にデビューするハンマー浜里(沖縄出身)の話題になると、「よそのジムの選手でも、同郷だと思うと応援したくなるんだよね。」と、"ザ・南国"は国境を越えた・・・?ではなくジムを越えた"ボクシング人"として、選手への愛情パワーを発していた。

「オレ、顔は怖いけど、まあこんな男だから。よろしく!」

この夜の会談に同席した、新田ジムの"現役東大生マネージャー"酒井知基君は、2週間後にプロテストを控えていた。

「テスト前に一回うちでスパーリングやったらどうだい。やっぱり外に出ていろいろ刺激を受けたり、勉強したりした方がいいんだよ。」

そう言って"ボクシング人"としての愛情を酒井君にも向けてくれた。次の週に再びワタナベジムを訪れると、宮田トレーナーは笑顔で我々を迎え入れ、スパーリングを組んでくれた。

その日、たまたま飯田トレーナーが、出稽古に訪れた旧弟子の吉野弘幸(バックナンバー2000年10月号参照)に激しいミットトレーニングをおこなっていた。

「トレーナー同士の競争が、ジム全体をパワーアップさせるんだよね!」

声高らかに笑った宮田トレーナーの言葉を思い出しながら、私はぼんやりとそれを眺めていた。選手への愛情と、ジム全体の繁栄を思う心を、自然にかもし出している宮田トレーナー。そのベースにあるものはやっぱり・・・

「結婚って、ホントいいもんだよぉ!」




新田ジムホームページ

宮田正明(野口)
出身 鹿児島県大島郡大和村
生年月日 1958. 7.24
デビュー 1979. 3.26
戦績 19戦11勝(8KO)8敗
1979. 3.26 沢野 義秀(センターS) 4R KO2R1'33” 後楽園  57.8
6.25 山根 忠夫(青山) 4R KO3R2'23” 後楽園 58.2
8.23 加藤 晴喜(草加有沢) 4R KO1R2'50” 後楽園 58.5
 ※ 東日本新人王予選
9.24 藤 真(上福岡) 4R KO1R2'20” 後楽園 58.6
 ※ 東日本新人王予選
10.23 松原 良州(ヨネクラ) 4R KO1R2'28” 後楽園 58.2
 ※ 東日本新人王予選
11.13 古橋 光洋(協栄) 4R KO1R1'41” 後楽園 58.1
 ※ 東日本新人王予選
1980. 2.25 山根 忠夫(青山) 4R KO3R1'33” 後楽園 57.9
3.17 慎 海秀(ヨネクラ) 6R 後楽園 57.1
5.25 多賀 邦男(角海老宝石) 6R KO1R2'10” 後楽園 58.7
9.25 山根 忠夫(青山) 6R 後楽園 58.9
1981. 4.30 大塚 孝(三津山) 8R KO1R1'35” 後楽園 58.9
7.23 糸井 豊(JRJ国際) 10R KO4R2'50” 後楽園 59.6
11.21 大和田 正春(角海老宝石) 8R KO5R2'31” 後楽園 58.4
1982. 2. 6 高城 正宏(帝拳) 10R 後楽園 58.1
4.13 山根 忠夫(青山) 8R 後楽園 58.9
11.30 高崎 勝利(高崎) 10R KO6R1'57” 国技館 60.2
1983. 4.18 達城 錠(神林) 10R KO1R2'15” 大阪府体 58.0
10.14 寺本 勇(福岡帝拳) 8R 後楽園 58.7
1984. 2. 3 寺本 勇(福岡帝拳) 10R KO10R2'09” 後楽園 58.6

      




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