
9月の中旬、大阪で行われた4回戦がとても印象に残り、専門誌の小コラム用に情報として送ったところ、ほんの数行ではあるが、活字になった。発売の数日後、担当編集者Tが何か別の用件でかかってきた電話の中で、「そうそう、そういえば……」と、思い出したようにその4回戦の話を持ち出してきた。なんでも選手本人から電話があったのだという。そして、反射的に(なんか間違いがあったか)と思った彼の耳に入ってきたのは、「掲載していただいて、ありがとうございました」という言葉だったらしい。
それは、“無敗同士”ならぬ“無勝同士”の一戦だった。1戦1敗、2戦2敗という数字ではない。赤コーナー側は5戦4敗1分。青コーナーに立つのは、7戦5敗2分。
自分自身がどれだけ頑張ったかと、相手に勝てるかどうかは一致しない勝負の世界である。だからもちろん、レコードだけで能力を判断することはできない。だが、それにしても、いったいこれからどんな戦いが繰り広げられるのかと思うと、正直なところ暗澹とした気持ちになっていた。
ところが――。開始のゴングとともに目の前で繰り広げられたのは実に緊迫感あふれた攻防で、この後のメインイベントをもしのぐ、大きな拍手喝采を受けるのである。
赤コーナーから出たサウスポーA君がロングレンジから積極的に左ストレートを出し、青のB君はその打ち終わりを狙って右クロスをかぶせたり、右アッパーを合わせてみせたりする。2回になると、ジャブを軸に組み立てるB君が、向かってくるA君のボディへ顔面へと、多彩な右をヒット。10戦目での初勝利へと、順調に歩を進めているように見えた。だが、劣勢のはずのA君は、まったく戦闘意欲の衰えを感じさせない。むしろ時間を経るごとに、アグレッシブの度合いは激しくなっていくのである。
ひそかに想像していたのとはまったく違うやりとりが、スポットライトの下で展開されていた。相応のテクニックと、十分なハートを感じ取れることができた。
今さらながら、気づかされる。彼らはすでに何度もリングに上がってきたのだ。一度も、1対1の勝負の中で相手を上回ることはできなかったとしてもである。悔しさを重ねるたびに、勝てない理由を自身の中にさがし求め、懸命にトレーニングを積んできたに違いない。そうでなければ、こんな戦いはできないだろう。そして二人はともに、崖っぷちで勝利を渇望している。無勝でも戦い続けることを美談にしたいわけではない。果てには生命にかかわる危険な競技だから、どんなに未練があっても自らの心身を操れぬ者はやるべきではないと思っている。だが、どこまでも戦おうとするボクサーの姿は、彼らの心がそういう理屈では片付けられない次元にあることを、訴えかけてくるのだ。
後半戦の3ラウンドに入ると、試合はますます白熱していった。A君は激しくプレッシャーをかけ、手数と圧力でB君をたじろがせ、B君は右アッパーを上下に放ちながら、必死で踏みとどまろうとする。
超満員の観衆でごった返すこじんまりした会場には熱気が充満していた。そして最終ラウンド。大喝采の中、息もつかせぬ壮絶な打撃戦は、試合終了のゴングまで続いたのだった。
この日、B君は、初めて勝者のコールを受け、そしてA君はまた、敗者となった。
編集者Tが受けた電話は、負けたA君からのものだった。
彼にとってはあれが最後の戦いだったという。あの試合で、納得してやめられると話していたという。きっと、6戦5敗1分のキャリアの中で知ったことがたくさんあるのだろう。勝つことの難しさはもちろん、逃げ出したくなるような緊張感、恐怖感、自分の勇気、あるいは自分の弱さかもしれない。それらはすべて、リングに上がらずにいれば、知らないまま通り過ぎていたであろうことだ。又聞きだから真意を確認することはできない。が、負けて満足感というのはないとしても、彼は、少なくとも自分を受け入れることができたのではないだろうか。
そして新しい人生の中で、あの日、拍手喝采を浴びる試合をしたことを、ひそかな誇りにしていてもいいのではないかと、思うのである。
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