祭のあと

Text By 宮田 有理子



 大阪地下鉄の朝潮橋に到着し、のんびりと電車を下りてふと顔を上げると、ホームはわいのわいのの騒ぎで、(なんだ、いったいこれから何が始まるのだ)と、思わずたじろいでしまった。人の群れが流れていく方向を見やると、どうも自分と同じ目的地へと向かっているらしい。

 仕方がないので、その流れに乗っかって進んでいくと、道端にはたこ焼きやら焼きそばやら、フランクフルトやらの露天が連なっていて、芝生のところどころには、座り込んで腹ごしらえしている連中もいる。
(こりゃ、まるでお祭りだなあ)
 そのそばに阪神タイガース・グッズを売るブースがあるのには首をひねりたくなったが、まあ、大阪は何でもあり。人が集まるところには商売人が集まるものだから深く考える必要はない。

 会場の前には、眉を細く整え、ちょろっと伸ばした後ろ髪を束ねている、そろいのハッピ姿の男たちが、手作りの小旗を配っていた。
「不死鳥Joe 東海地区 辰吉丈一郎 応援団」

 9月26日、大阪市中央体育館。
 そう、今日は辰吉丈一郎の復帰第2戦である。
 延期でおあずけを食った彼の信奉者たちが、全国から集結しているのだ。
 それにしても、このところの数々の世界戦をはるかにしのぐ賑わいである。
 グッズ売り場の前は人が押し寄せて通れず、トイレに行くのも一苦労である。
 普段は中小規模のボクシング興行が行われ、過日の小松則幸対トラッシュ中沼戦の舞台でもあったサブアリーナは、この日はプレスルームに使われていた。

 辰吉の試合は特別なものなのだと、あらためて思う。         
 集まる人の数と人の熱。それらが作り出す空気。
 平日ということもあるのだろう、超満員とはいかなかったが、
 傷ついて、年をとって、なおもリングを離れようとしない33歳のカリスマに、どこまでもついていこうとする人たちの数は半端ではない。

 しかし、喧騒の中で、気持ちが沈んでしまった。
 8月初頭に行われた相手変更の会見の後に見た、辰吉の練習風景を思い出すからである。
 かつては、ロープを飛ぶだけでフロアの空気が変わったという彼のオーラは漂っていなかった。艶を失っていた。
 もちろん、延期・相手変更の原因となった太もも肉離れの影響が大きいのだとは思うが……。

 それでも『死亡遊戯』が場内に響くとやはりファンでなくともぞわぞわっと鳥肌が立つのだ。
 ゆっくりと辰吉丈一郎が登場すると場内は大歓声で満たされる。辰吉丈一郎がうなずくだけで、拳をシュッと一振りするだけで、その歓声にビッグウェーブがおきる。
 まるでリングの上の一人の男と客席の一人一人とが、見えない糸でつながっているようである。

 試合が始まると、それに緊迫感が重なって、辰吉のジャブで相手がのけぞっただけで絶叫が沸く。
 相手の左フックをヘッドスリップでよけただけで「ほぅ〜」。インターバルはラッパや太鼓の大声援。

 2ラウンド。アビラが懐へ入ってくると客席にも緊迫が走る。
 4ラウンド。ノーガードで相手を誘い、スリリングなシーンをサービスするが、その代償に被弾の場面が増えた。
 「耐えろ 耐えろ!」「気持ちや」「よっしゃ、そうや」
 一万人、総セコンド状態である。
 6回、アビラがまぶたをカットし、ドクター・チェックが入る。
 「終わらせたらあかんぞ〜!」
 ファンは辰吉丈一郎の試合を最後まで見たいのだ。

 しかし、カリスマは痛々しい姿をさらすばかりになっていく。
 7回、ボディを打たれて、動きが止まった。
 そして8回。強烈な左フック、連打を浴びて、棒立ち状態になった。

 客席を見やると、老若男女、あらゆる年齢層の人たちが、表情をこわばらせて、しかし、しっかりとリングを見ていた。時折絶叫する者もいれば、絶句している者もいる。
 ふらふらになりながらも、まだカウンターを狙いにいく姿を凝視しながら、声を殺して、涙を流している男性も見えた。

 ここへ来た人々は、再びの奇跡を願いつつも、どんなことがあっても、何を見ても、何もかも受け入れる覚悟ができている人たちなのだろう。
 彼の戦いを最後まで見届けなければならない、と思っている人たちなのだろう。

 10ラウンドが終わった瞬間、拍手の大きさよりも、幾重にも重なって聞こえてきた深いため息の方が大きかったように思えた。

 帰り道、デビュー前から辰吉丈一郎を追ってきたカメラマンとライター、そして熱狂的なファン二人と飲み屋に寄った。ファンの一人は博多からこの試合のためだけにやってきた元看護士だった。病と闘う人たちと向き合ってきた彼女は、眼疾を乗り越えて自分の道をまっとうしようとする彼の姿に打たれた、そんなことを言っていた。自分自身は、特別な思い入れを持っていたわけではない。が、その話を聞きながら、きっと老いも若きも、男も女も皆それぞれに、さまざまな思いをあのボクサーに映しているのだろう、と感じていた。

 彼女と二人で大阪の町を歩きながら、ボクシングの話をした。しみじみ、しみじみと。
 祭りの後は、騒ぎの大きさの分だけ、ものさびしい心持ちになるものなのかもしれない。



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