彼らの肖像 番外編
| Text By 船橋真二郎 |
昨年末、まだ完成前の新田ボクシングジムをお借りして、『彼らの肖像』の撮影を行わせていただいたことがあった。その日、ジムの会長となる元OPBF東洋太平洋バンタム級チャンピオンの新田渉世さんは不在だったのだが、金子ジムの後輩にあたるフォトグラファーの山口裕朗くんの依頼に対し、快く応じてくださったのだ。 その最中だった。気がつくとひとりの青年が、まだリングも用具も備わっていないガランとした夕暮れ時のジムの扉越しに、中の様子を伺っていたのだ。ぼくが扉を開いて声をかけると、おずおずと彼は中に入ってきた。用件を聞くと、どうやら入門希望者らしい。小柄で色白、どちらかといえばひ弱な印象の、一見するとボクシングとは縁遠い世界に生きていると思われる青年だった。 「どうしてボクシングを始めようと思ったの?」 ぼくの問いに対して、彼は真剣な、訴えかけるような口調でこう答えた。 「自分を変えなければいけないと思ったんです。だから、何か始めないと、と思って……」 その彼のことを、ぼくはまた、ふと思い出していた。 10月1日、新田ジムから誕生した3人のプロ選手が一斉にデビューを果たした。2月5日のオープンから数えて約8か月。「思ったより早くプロが生まれるかもしれませんよ」。想像以上に盛況のジムで、オープンから数日後、挨拶に伺ったぼくに新田会長はこう語っていたのだが、その言葉通り、想像以上に早い初試合であった。初戦の石井フランシスこそ、1ラウンドKO負けを喫してしまい、先陣を切ることはできなかったが、次に登場した竹内俊介が4ラウンドTKO勝ちで雪辱。最後を西禄朋が判定勝利で飾り、ジムとしては通算2勝1敗の勝ち越しで初のプロの舞台を終えた。 プロデビューという目標を達成し、さらにその先の目標に向かって歩き始めた3人の経歴は、実に様々である。生まれ育ったフランスで20代の前半にアマチュアのキャリアを持つ、現在30歳の石井はフランス人と日本人のハーフでフランス語講師。竹内は夜のパブでアルバイトをする22歳の大学生。23歳の西は改造車施工のスペシャリストとして業界では有名人であるという。 様々な経歴を持つ者たちが集まり、目標に向かって汗を流す。ボクシングジムとはもとよりそのような場所である。もちろん全員がプロという目標に向かっているわけではない。その目標は人それぞれ実に様々なものである。アマチュア、ダイエット、ストレス解消、健康増進……。それでは?と、考えてしまうのだ。それでは、あの、おそらくは新田ジム入門希望者第1号であったはずの彼は、何を目標にしようとしていたのだろうか、と。 聞けば、見た目よりずっと歳が上の、ジムのある向ヶ丘遊園に自宅があるという彼は、自転車で毎日ジムの前を通っており、何ができるのだろうかと、いつも気になっていたのだという。すでにジムのガラス窓には「NITTA BOXING GYM」と、黄色い文字で大きくレタリングされていた。まだ完成してはいないが、建物の中に人影を認め、意を決して扉を叩いたのだろう。 さらに質問を重ねると、どうやら彼はプロ志望ではないらしい。普段はある劇団に所属し、2つ3つとアルバイトをかけもちしながら、ダンス教室にも通っているという。 「忙しくてあまり時間がないので、毎日通えるわけではないのですが、それでも構わないんでしょうか」 「人それぞれ自分のペースで通えるから大丈夫。今日は不在だけど、改めてまた新田さんに相談するといい。親身になって相談に乗ってくれるはずだから」 そして、彼はこう繰り返した。 「このままではいけないと思うんです……」 一通りの話を終えて入門申込書を手渡すと、彼は礼を言い、自転車に乗って立ち去った。ぼくは、その後ろ姿を見送りながら、日々を真剣に、懸命に生きているだろうと思われる彼が、慌しい生活の中でこれ以上の負荷を自らにかけ、一体何を得ようとしているのだろうかと、そのことばかりを考えていた。 新田ジムに挨拶に伺った時、ぼくはひそかに彼との再会を楽しみにしていた。教えてもらっていた彼の名字を新田会長に告げたが、彼はまだジムに姿を見せていないらしかった。もし彼が来たら、連絡をいただけるよう新田会長にお願いし、その日はジムを後にした。ぼくには彼が必ず姿を見せるだろうという確信があった。初対面のぼくに対し、あれだけ秘めた思いを熱っぽく語った彼が、ボクシングを始めないわけがない、と。だが、1か月が過ぎ、2か月が過ぎても、新田会長からの連絡はなかった。 その後も新田会長にお会いする機会があるたびに、彼のことを聞いている。だが、現在、すでに100名を超す練習生が集まるまでになった新田ジムに、まだ彼の姿はない。 10代の頃の、あのイライラするような実体の知れない焦燥感は、ほとんど全ての人が経験するものなのかもしれない。だが彼があのとき感じていたのは、10代の頃とは違い、一通りのことを経験した後の、30代を目前にした現実感を伴ったものであるはずだった。「このままではいけない」。20代の後半にぼくにもそう思った経験があった。彼は今、どうしているのだろうか。どこか他のボクシングジムに通っているのか。それともボクシングで得ようとしたものを、別の手段で手に入れることができたのだろうか。あるいは、もうあきらめてしまったのか……。 取材に訪れたボクシングジムで、後楽園ホールで、あるいは何気ない街角で、折に触れ、ぼくは彼のことをふと思い出すのだ。 |