Second Wind
Text By Mayumi Kitano





「 星野敬太郎が、キャンバスに崩れ落ちた。

 ひざまづくような体勢のままひと呼吸おいてから、ゆっくり立ち上がる様は、いかにも大儀そうに見えた。

 試合開始直後からいつになく積極的に攻撃に出ていた星野は、中盤にさしかかると明らかに失速し、被弾する数も増えた。エネルギーの枯渇と打たれたダメージにより、すっかり消耗しているようだった。立ち上がったあとも連打されてただふらふらとロープ際まで後退し、ストップされてしまう。KOで星野が試合を落とすのは、96年3月以来7年3ヶ月ぶりのことだ。


 頭からタオルをかぶり、うつむきかげんに控室への道を戻る星野の前へ、前へとカメラマンが回り込んで、斜め下から覗き込むようにフラッシュを焚く。断続的に響くシャッター音が、廊下の静寂を余計に際立たせていた。

 控室には、まず陣営だけが入り、取材陣はドアの外で待たされた。再び訪れた重い沈黙の中で、私は3年半前に思いをはせていた。


 初めて星野と言葉を交わしたのは、99年末、花形ジム忘年会でのことだった。日本タイトルを5度防衛したあと突然の引退宣言をしていたが復帰を決意、翌年2月には1年5ヶ月ぶりの復帰戦が決まっていた。 すでに30歳になっていた星野に私は「体力的にキツくないですか」と率直に訊いた。星野は、憮然とした表情で「全然」とひとこと答えただ
けだった。あまりに単刀直入で不躾な質問だったかもしれないが、誕生日が2週間しか違わない同い年で、日常生活においても体力の衰えを痛感することが少なくなかった私にとって、それは大きな疑問だったのだ。 その後、インタビューを重ねるうち、星野はぽつりぽつりと年齢や体力への不安を口にするようになった。

 自分は、自分が思うほどきちんと動けているんだろうか。若いスパーリングパートナーのパンチがやけに効くようになって「年かな」と思うことがある。そんなことばを聞いたこともあった。

 しかし、「気持ちさえあればボクシングは絶対に大丈夫」というのも星野の持論だった。若い頃より体力が衰えるのは当然だが、「たとえば若いヤツに負けてたまるか!とか、『ナニクソ根性』があればやっていける」というのだ。その強いモチベーションが、星野を支えてきたのだろう。


「同じことでも毎日やっていれば絶対に花咲くんだ、って会長のことばを信じてる」

という思いは報われて、星野は2000年12月、31歳4ヶ月で世界挑戦を果たし、頂点に立つ。そして防衛戦や王座奪回のための挑戦を含め、この6月のアギーレ戦で世界戦は6度目を数えるに至った。

 その間、星野は何度も引退と復帰を繰り返した。

 星野が引退宣言をするたび、「星野はまた帰ってくると思う」と言い続けた花形ジム・南マネージャーも、星野とは同い年だ。確たる根拠があるわけでもないのに「なんとなく、戻ってきそうな気がする」と常に星野のカムバックを信じていた。そして、そのたびに星野は南氏の「予感」に応えてきた。

 星野も南氏も、そして私も今年34歳になる。星野の誕生日まではあと1ヶ月。

 かつて定年制について「37歳までなんてムリ。33、34歳まででいいんじゃないですか」と持論を披露していた星野は、アギーレ戦のあと控室で何度も大きなため息をつきながら、何度目かの引退宣言を口にした。


「結果論としては、終わらせるための試合内容でしたね。完敗ですから。こういう風に負けると、スパッと(現役を)離れられる気がします」

 試合後、控室を訪ねたレフェリーは、胸のあたりを指差して「グッド、グッド。ビューティフル」と星野の気持ちの強さを讃えた。

 「ナニクソ根性」を身上に、世界最高の、言い換えるなら世界で最も過酷なステージで戦ってきた星野は、今度こそ本当に体と気持ちの折り合いをつけられるのだろうか…


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