ニューヨーク日誌 番外編  By 加茂佳子




ニュージャージーにガッティを見に行くの巻 1


  2年前、飼っている猫のうちの2匹が子供を産んだ。猫飼い初心者だったもので避妊に気がまわらなかったのである。2日違いでそれぞれ4匹と5匹産んでくれたもので、一気に9匹増になってしまった。計12匹である。うちの床は猫模様のフローリングと化し、仔猫を踏まずして歩けないありさまだった。

 全員手元に置いておきたかったがそうもいかない。だが私は出産に立ち会い母猫の汗を拭き、へその緒を切り、手を握って「頑張るのよ!」と励まし、と誠心誠意産婆として尽くした。仔猫の成長とともに日々情も深まっていく。手放すのは辛い。

 ああ、でも12匹……。

 そこで猫マニアの先輩である角海老宝石ジム所属前田宏行選手に相談してみると、きっぱりお答えになられた。

「避妊しとかないのが悪い! 里子に出すなら可愛い子からにするべし」

 はうう。泣く泣く半数を親や知人に貰っていただいた。可愛い子から。果たしてうちに残ったのは、全身水玉模様で目の離れたブッサイクだとか(しかもコイツはおしっこはトイレでするのに、そのあとわざわざトイレから出てそこに大きい方をする大馬鹿者でもある)、顔はヤクザなくせに(常に眉間に皺がよっていて因縁つけているようなのだ)実はとんでもなくチキンハートだとか、猫のくせに「ニャー」とは言えず「ふわ〜ん」と鳴くヤツとか、ヘンテコなのばかりであった(でも可愛いんですけど)。

 ……全然ボクシングの話題に辿り着かない。編集長のこめかみがピリピリしているのが目に浮かぶ……。

 ただし一匹だけ、里子に出す猫を決めているときに、キープしていたお気に入りの子がいた。

 赤ちゃんたちがうにゅるにゅる動いているのを見て思ったのは、名前をどうするか!であった。貰われていくとはいえ、とりあえず9匹分名を付けるのはなかなか大変な作業である。

 だが、そのときすでに私の胸中にはひとつの名があった。

 ガッティ。

 元IBF世界ジュニアライト級王者、アーツロ・“サンダー”・ガッティからの命名である。

 誰が相手であろうと激闘になってしまうこの「ド」ファイターは、私はアイドルだった。かつてWOWOWでのガッティの放映時、解説の浜田剛史さんが「ガッティ危険すぎます、顔面丸出しです!」と叫んでおられたが、そんなボクサーが絶対に真似てはいけないスタイルに私は心奪われるのである。

 して、一番キュートでやんちゃそうな仔猫に彼の名をつけようと思っていた私は、見るからに何かイタズラを企んでいそうな面貌で、片時もジッとしておらず、初うんちをするのも誰より早かった三毛猫に、ガッティと名付けた。

 名前が良かったのか悪かったのか、うちのガッティは実に打たれ強い不屈の精神の持ち主に成長した。めためたに打たれても前進。倒れても前進。一方的に勝っていてるのにさらにガンガン打ち合い、逆にカウンターを食らってダウンしてしまうようなお茶目さ……。

 仕事をする部屋は猫禁制にしている。かつて開放していたときにエライ目に遭ったからだ。原稿を書いている途中でほんの数分席を外し、戻ってきたときのこと。さて、と画面を見るとそこに映っていたのは、嵐のような「ぬ」だった。「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」

「ぬ」ばかり3ページ分。これは4800字相当で、ボクシングマガジンの原稿量である。

 わーい、原稿できた! と喜んでる場合ではない。それまでの文章が消去されてないのが不幸中の幸いだったが、そんな真っ青になるようなことが数度続いたため(あるときは小さい「っ」で、あるときは「ん」が延々打たれていた)、部屋のドアを閉め、猫禁制にしたのである。

 他の猫たちは諦めた。がガッティは違った。ドアの向こうで「開けてよ〜」とさんざん猫なで声を出したあと、それでも開かないと知るや、取っ手に飛びつきお尻を振ること数回(ガチャガチャ体を揺らす音が聞こえた)ドアを開けてしまったのだ。

 驚愕する私を、ガッティは誇らしげな顔で見た。

「ニャ!」

 ……ボクシングに辿り着かず、タイトルにある「ニュージャージー」まではほど遠い段階で筆を置くのは真に恐縮ですが、締め切り時間がきてしまいましたので、続き(というか本題)は来月号で……。すみません。



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