極私的ボクシングの歩き方 その3
鍼の歩き方 Text By 中津川 一路




 今回は自分の本業、鍼灸についてお話したいと思います。ただ、これから書くことは若輩の私が書くことですので、専門家で異論のある方がいらっしゃいましたら、お見逃しいただければ幸いです。

 さて、ボクサーの皆さんも鍼や灸、指圧、マッサージとか受けられる方がいらっしゃるでしょう。ボクシングのトレーナーのようにそれぞれに色んなやり方があり、それぞれに○○式とか××流とか名乗っておられることが多いですが、基本的に鍼や指圧など東洋医学的なものは基本的な理論は共通しています。

 東洋医学や鍼と聞くと、何か得体の知れないもののように思う人も多いでしょう。


 東洋的医学の理論、「陰陽五行論」(既に怪しい・・)簡単に説明しますと、「世の中の全ての物象は木・火・土・金・水、陰と陽に分類される。」ということです。内臓であれば陰が肝・心・脾・肺・腎、陽が胆・小腸・胃・大腸・膀胱と考えられ、肝と胆は表裏関係・・・などと言ってもわけわからないのでやめておきます。

 今回はなるべくわかりやすく鍼に限ってお話したいと思います。

 さて、鍼を打ったけど効かなかったという方も、効いた、という方もいらっしゃると思います。治療に対する効果に差があるのは西洋医学でも同じことなのですが、東洋医学においてはその信憑性はより揺らいでしまうようです。また、その効果は微妙な感じであることも多く、ほんとに聞いたかどうかわからない・・と思った人も少なくないでしょう。

 鍼は何に効くかというと、筋肉のコリに打てばそこがほぐれますし、痛みが取れない場合に打つとその痛みが消えたりします。手足のツボや背中に打って、自律神経を通して内臓に働きかけることも出来ます。もちろん鍼灸師の腕もあるでしょうし、患者のコンディションもあり、効果に差が出ることはあります。しかし、効果は確実にあるはずですので、機会があったらお試しください。


 鍼を効かせるには、ツボをうまくつかみ、選ぶことにつきるような気がします。この症状にはこれだ、と打っても、思ったような効果が出ない場合ももちろんあります。ボクシングに似て、これが駄目だったら、次のコンビネーションを狙ってみる、みたいな感じに思います。

 昔、ジャッカル丸山さんが親指を骨折した後、完治したはずなのに痛みが取りきれず、引退の危機にあったとき、鍼を打ち、完治したという話を、別々の方に何度か聞きました。

 それでも鍼ってそんなことがあるの?信じられない。という人が多いと思います。東洋医学というのは、多分に怪しい部分を持ち、そういうイメージが浸透していますし、治療家の方でもそういうイメージを売りにする人(長〜い髭を生やしたり)も少なくないですから。

 ただ驚くような効果をあげることもあることは確かです。しかし、それは決して神がかり的なものではなく、確かに腕の良し悪しはあるにしても、基本的な理論と技術があり、方法論がある程度、確立しています。「ある程度」というのが怪しいかもしれないですが、その患者さんのコンディションなどによって微妙に違うものなんです。そこを把握し、ツボを選択し、適正な打ち方をすることが「腕」ということになるでしょう。

 丸山さんがどんな治療を受けたかは推測でしかないのですが、自分なりの推測と考えを書いてみたいと思います。

 人間の体には神経以外に「経絡」という流れがあります。神経と走行が一致している場合もありますが、そうでない場合もあり、解剖学的には「経絡」の存在は証明されていませんが、生理現象は起きますので、あることはあるようです。様々な実験も行われ、ある程度(またも)実証されていますが、実際に長い間臨床で効果を上げてきたことで、既に証明されているように思います。

 丸山さんが怪我をしたのは親指だったそうですが、親指に通る経絡は肺経という経絡と、親指の付け根を通って人差し指に出るのが大腸経という経絡です。治療する場合に患部を直接治療することはもちろんですが、その経絡上にツボを探して打ちます。その経絡の流れを良くするということを目的として・・というのがその理由です。経絡は背中にも反映しますので、背中にツボを探す場合もあります。

つまり、局所と経絡を意識してツボを選択すると効果が倍増・・・とはいかなくてもアップするということです。そんなわけで、ジャッカル丸山さんは、そのあたりのアプローチから治療を受けたのではないか、と私は推測するわけです。

 鍼の刺し方についても色々やり方や理論がありますが、それに触れるとキリがないので書きませんが、その患者さんの状態を把握し、それに応じて治療するということになります。

 また、肺経というのは呼吸器系の疾患、咳や息切れなどに効果があります。大腸経は大腸関係、便秘とかに効果があるといわれます。また大腸経はその走行上に肩関節や歯や歯肉がありますので、歯痛や肩関節の痛みに効きます。一見無関係のような症状が同じ流れの中で起きている出来事かもしれないという考え方も、覚えておいていただけると幸いです。

 てなことで、経絡を使った鍼灸の治療は行われます。

 もちろん、肩関節痛はレントゲンやMRIなどでチェックし、専門家のアドバイスを受けることは大事です。その上で「鍼でもやってみるか・・」程度でかまわないと思います。

 鍼灸はその場所を治療して痛みが消えても、一時的なものですので(1発で直る場合もありますが)、自身のケアがなんと言っても大事です。例えば、肩痛は痛みが引いたら、インナーマッスルを鍛えること、歯痛は歯医者さんにいくことは言わずもがな、大事なことです。

 結局は自分の体は自分で把握し、治療法というのはその補助的なものと考えるべきではないでしょうか。私は若輩者なので、鍼を打ったことで悪化することはない、とは言い切れないとこが何とも歯がゆいとこです。(極端に悪化した経験はありませんが)

 そんな具合ですから、エリック・モラレスとの再戦で、マルコ・アントニオ・バレラに鍼を打ったときは治療歴で一番緊張しました。ボクサーのコンディションが体にどんな影響を与えるか、を考える意味でも経験談を書いてみたいと思います。

 モラレスとのリマッチの前日でした。バレラのスィートにみんなで、だべっていたとき、田中繊大トレーナーが「マルコが首痛い、って言ってます。」と言われました。そこで「よっしゃ!腕見せたる!」というのがいっぱしの鍼灸師、治療家なんでしょうが、私は正直びびりました。それまで何度か、キャンプ中にも治療し、それなりに治ったと思っていたのですが、治りきってはいなかったようです。

 一旦解散してから、再び田中トレーナーと一緒にマルコの部屋に。

 「鍼を打ってもいいか?」と聞くと、OKという。マルコは鍼を嫌うので、手技矯正で症状が取れない場合に「鍼を使わせてくれ」というと、鍼を嫌がり「治ったよ。」と言うのですが、素直に承諾したということで、かえってこちらが焦りました。「こりゃ、ほんとに悪いのかな・・」と。

 痛みの部位とパターンをチェックして、寝てもらいポイントに鍼を打ちました。ツボに当たり、マルコの体がぴくっと反応します。

 「これで痛みが悪化したりしたら、どうしよう・・」「何で試合の前の日なんだよー・・」と私は情けなく心の中で叫んでいました。しばし鍼を刺したままにします。(鍼灸用語で置鍼『チシン』と言います。)このときは時間が長く感じました。で、鍼を抜き、マルコに首を回してもらいます。「ビエン(良い)」と童顔の暗殺者が言ったときには深くため息をつきました。

 で、体全体の矯正(首の痛みや肩こりは体全体の歪みからくることが多い。)をして、部屋を出ました。試合まではなんとか持つだろう、でも、試合になったらどうかなー・・と思いました。

 今思えば、大したことのない痛みだったかもしれません。神経質になって、違和感を気にしただけだったかもしれません。でも、私は最高に緊張しました。

 なので、試合後、バレラが「ベベ・ヒュー(私のチーム内での仇名。なんか知らないがメキシコのコミック・キャラクター)が治してくれたから、首は痛まなかった。」と云われたときには嬉しさ倍増でした。

 あの試合の判定は色々物議をかもしましたが、マルコのコンディションは体重を早く落としすぎてしまったため、ベストとは言いがたいものがありました。そのコンディションが首に出たように思います。本人の体調面がよければ、多少の問題は解決してしまうように思います。ボクサーのみなさんもどこか悪い場所が出てきた場合、自分自身のコンディションを見直して、オーバーワークになっていないか、とか考えてみるのもいいかもしれません。

 治療する側がこんなことを言っては何ですが、治療家に頼る前に、まずは自分のコンディションを再確認してみることをお勧めします。お金もかかりますしね。

 今回はこんなとこで。

 機会がありましたら、体の歪み、整体とはなんぞや?という話を書いてみたいと思いますが、HPの趣旨とはかなりずれてしまいますかね? 編集長。

●鍼灸師になるには?
 鍼灸師は国家資格でありまして、厚生省の指定した専門学校(3年!)を卒業し、その上で国家資格に合格して得られる資格です。在学中は解剖学、生理学など西洋医学的学問から、東洋医学など両面から学びます。試験も中々きついです。(日本で認められている医療類似行為の国家資格は鍼灸・マッサージ・指圧・柔道整復だけです。)



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