元WBA世界ミニマム級王者の新井田豊(横浜光)の世界挑戦が4月下旬に正式発表された。相手はWBA同級王者で星野敬太郎と2度闘い、いずれも微妙な判定を拾ったノエル・アランブレットで7月12日に横浜で行われるのだそうだ。
この発表の1カ月ほど前から複数のボクシング関係者から、「新井田が直接、世界に挑戦するらしい」という話を聞いていたので、正式発表の時には何の感慨も抱かなかったが、まだ噂の段階だった時点では、何とも不快な気持ちを覚えた。彼が2001年8月にチャナ・ポーパオインから僅差の判定で王座を奪取しながら、一度も防衛を果たさないで引退した時とはまた別の不快感だった。
選手が引退を翻してリングに復帰することには何の異論もない。だからまだ24歳の新井田が昨暮れにカムバックを宣言した時も「やっぱりな」という思いしか抱かなかった。ただ、チャナに微妙な判定で勝ちながら「達成感」を理由に引退した新井田の精神構造は私にはいまだに理解不能である。リカルド・ロペスのような歴史に残る大世界王者をうち負かしたのならともかく、既に峠を越したチャナに辛うじて勝って、何が達成感だ、と私は思っているし、それはボクシング関係者の一致した感想だろう。
それはともかく、彼がカムバックしてから不思議な現象が起きた。今年の2月下旬に彼の名がいきなりWBA世界ミニマム級8位に登場したのである。世界ランカーの場合、9カ月試合から遠ざかると世界挑戦資格を持つトップ15から名が消えるのが原則である。にもかかわらず、引退を表明して久しい新井田がなぜか世界のトップ10に突然登場したのである。もっともドン・キングのような大プロモーターが、長らく試合をこなしていないスター・ボクサーをリング復帰させる場合、世界の上位にランクインさせるのはこの世界の常識だから、”日本のスーパー・スター”である元世界王者の新井田君の場合も、とりあえずよしと、しよう。加えて、その時点では「国内で世界ランカー級の実力者とカムバック戦を行い、その結果を見て、世界挑戦の時期を考える」というのが関会長の思惑だったからだ。
それがいきなりの世界挑戦である。横浜光ジムには、これまた引退して”芸能人”になっていた畑山隆則を1年間のブランクの後、未経験のライト級で世界王座を獲得させた例がある。従って今回の新井田の世界挑戦の演出者である横浜光ジムのオーナーに尋ねれば「マスコミがこぞって批判したあの世界戦で、畑山を世界チャンピオンにしたことを忘れてはいまいな」と傲然と言い切るだろう。
が、同時に忘れては困るオーナーの言葉もある。新井田の引退発表の後、私に言った「試合をしたくないボクサーをリングに上げるほど危険なことはない。新井田の要求をのむのはむしろ当然」というコメントである。「今回は新井田が望んだ世界戦。話は全く違う」。恐らく同オーナーはそう反論するだろう。が、私は1年11カ月振りで、つまり畑山の場合より約1年も多くリングを離れていたボクサーがいきなり世界戦に臨む危険度は、引退を考えた選手を翻意させてリングに上げる以上に大きい、と考えている。また、こうした危険の伴う世界戦をなぜ、JBCがいとも簡単に承認したのか。それも不思議に思えてならない。
国内で世界戦の興行にかかる費用は5,6千万円と言われている。かつての具志堅用高の世界戦のようにテレビ局から放映料が1億円以上も入れば話は別だが、この不況下では見込めるのはせいぜいその1割だろう。従って大手のジムでも今は後援者に頭を下げて資金を作り、その果てにやっと実現の運びとなる。それでも世界戦の興行には大きなリスクが伴うのが現状だ。
会社のオーナー社長の場合は特例で、だから畑山をいきなり未経験のライト級で世界に挑ますことも、今回のように1年11カ月振り世界戦のリングに上げるような”離れ業”も可能だったのだ。実際、そうした資金力で日本のボクシング界に同オーナーが、大きな貢献をしたのも事実だ。当時破竹の勢いだった日本S・フェザー級王者・コウジ有沢と、初の世界戦で引き分けに終わった畑山を「世界挑戦者決定戦」の名目で両国・国技館の大舞台で対戦させるという画期的な興行を打ったのはその好例である。
けれども資金力という”宝刀”をわけもなく振り回せば危険なだけである。今回の新井田の世界戦は、確かにだからこそ実現させることのできた挑戦だった。
それ故に私はこの世界戦に不快感を抱いたのだ。
ジム側では世界戦の準備に忙しい新井田への取材は本人の意思を尊重して断っているという。これも理解しにくいことだ。時間を取られ集中力を欠くことがその理由なら、共同の会見を開けばいい。マスコミと興行を行うジム側は、数十年の昔から協力しあってきた。マスコミは記事を書くことで、ジム側はその記事を興行の格好の宣伝材料として共存してきたのだ。しかし新井田にはそんな意識はないのだろう。関会長を始めとして多くのスタッフの存在があってこそ辿り着けた世界王座を防衛もしないまま、放棄してしまうような人間には、むしろ当然の権利なのだろう。
世界戦が決定してしまった今、私が思うことはひとつだけだ。新井田がボクシングを心底から憎むような、心身の傷を負ってもらいたくない。・・祈りにも似た気持ちで私は今そう思っている。
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