マネージャーというお仕事 12
林 隆治(ヨネクラジム マネージャー)





☆ マネージャー? プロモーター?

 ジムに入る前、私には夢があった。現在の私が歩いている道とは少し違う、若き日の漠然とした夢だ。

 私が抱いていた真の夢、それは完全なる中立プロモーターになるということだった。各ジムと交渉し、選手にファイトマネーを支払い、興行収入を得る。当時、日本のボクシング界には、そういう立場の人間は皆無だった。自分が日本初の独立プロモーターになることによって、ボクシング界に革命を起こせる、そう思い込んでいた。日本人のスター選手同士の試合を今よりもっとたくさん組もう、入場料はもっと安く設定しよう、選手への報酬はもっと多く払おう、それで自分もガッポガッポ儲けよう、という非常に都合の良い皮算用を描いていたのだった。

 ヨネクラジムという、選手を持っている組織に入ったものの、いつの日か「興行部門」だけを切り離して、選手を持たない自由な立場で、思い切ったマッチメークをしたい、というのが本来の願いだったのだ。

 しかし、当たり前のことだが、米倉会長は私に対して違うことを期待する。ヨネクラジムはプロボクサー養成機関として存在しているのだ。自分の選手を負けさせるようなマッチメークは、なるべく避けて通りたい。

 「客の喜ぶ試合を」ということしか頭になかった私にとって、この「選手を負けさせないマッチメーク」という発想はカルチャーショックだった。ボクシング界に入って最初に驚いたのは、どのジムもボクサーを非常に大切にし、信じられないくらいマッチメークに臆病になるということだった。しかしその慎重さは、実際、マッチメークに携わってみて初めて、当然のことだと悟った。負けると分かる試合を組んで、選手に惨めなKO負けをさせ意気消沈させるメリットはどこにあるというのだ? やはり勝って喜ぶボクサーの顔を見たいのは、どのマネージャーも一緒なのである。以後、私は「観客のためのマッチメーク」と「選手のためのマッチメーク」の狭間で、悩み揺れながら、試行錯誤してきた。その状態は、もちろん今でも続いている。両方の要素を満たすような完璧なマッチメークは、ほとんど存在しないからだ。

 さて、「プロモーター」になるという夢は少し遠のいたのだが、一方で「マネージャー」という、選手を保護する立場も、自分の中でやりがいのある仕事のように思えてきた。
 この素質あるボクサーを、いかに上手くチャンピオンの座まで持っていくか。それを考えることは、時に苦しいが(ほとんどは上手く行かないからだ)、とても楽しい作業でもある。自分の選手のためにランキングが一気に上がるような試合を組み、周囲からは下馬評不利という声が聞こえてきても「何言ってやがる、絶対に勝つから見てろよ」と心の中で自分を奮い立たせ、その選手が期待通りに勝利してくれた時、私は世間に向かって「ザマーミロ!」と叫びたくなる。マネージャーをやっていて、この時ほど、充実感を感じる瞬間はない。他の仕事をしていては、味わえない喜びなんだろうな、と思うのだ。

 もし仮に、私が中立プロモーターになっていたとしたら、会場に響き渡るお客さんの歓声が、私の生きがいになっていただろう。(それは今でもそうである。ジムは一方で興行を主催するプロモーターの立場にもなるからである。試合場が満員になり、客が「面白かったね」と言いながら帰る姿を見れば、主催者としてこの上ない喜びである。)だが、あくまでもプロモーターなのだから、選手の勝ち負けやダメージに対しては無頓着になるに違いない。

 マネージャーはその逆で、自分の選手の勝つ姿にこそ生きがいを見つける。どんなにお客さんが喜ぶ試合をしても、自分のボクサーの方が負けたなら何も嬉しくない。選手が激しい打ち合いをしていると身体のダメージが心配になったりもする。それがマネージャーというものだ。

 プロモーターとマネージャー。どちらが自分に合っているのかは分からない。とにかく今の仕事はとても楽しんでやっている。




 かと言って、マネージャーという職業が、100%ボクサーの利益を擁護し、ボクサーと一体となって権利を主張するものかというと、実はそうでもない。確かにプロモーターと比べた場合、よりボクサー側に近い立場にはいる。だが、完全には選手と同化できないものなのだ。

 私はジムに入ってしばらくすると、そのことに気がついてしまった。そして、時々ふと悲しくなることもある。私は誰のためのマネージャーなのか、と。

 そもそもマネージャーという言葉自体が、実態から少しずれている。日本のジム制度では「マネージャー」は「渉外係」と翻訳した方が良いかもしれない。他ジムとの商談を一手に引き受ける交渉窓口、というのがジムマネージャーの実体なのだ。

 私も初めは右も左も分からないながらも、自分の選手を第一に考えながら、必死にマネージャーという職務をこなしていた。だが次第に仕事に慣れ、顔が広がってくるにつれ、他ジムのマネージャーや会長たちとの付き合いが増えてくる。人間関係が構築される。そうなってしまうと、私は同業者相手に、自分の選手の利益だけを一方的に強く主張することは出来なくなってしまう。あまりわがままばかり言っていると、業界内で孤立しかねないからだ。

 例えば、自分の選手が強すぎてなかなか相手が見つからない時、あるジムが「じゃ、うちのを貸すよ」と対戦を引き受けてくれたとする。切羽詰まっている時などは、そんな相手方のマネージャーが神様に見えてくるものだ。電話口で「ありがとうございます!この御恩は忘れません!」などと、見えないのに相手に必死に頭を下げていたりする。だが後日、今度は逆に、そのジムの滅茶苦茶強い選手からオファーが来たりするのだ。これを「いや、うちは選手第一ですから」と一刀両断に蹴ることが出来る人は、相当のつわものである。少なくとも私は出来ない。

 そんな時には、とりあえずトレーナーに恐る恐るお伺いをたててみる。「こんなオファーが来ているのですが…」すると、すぐに罵声が飛んでくるのだ。「バカヤロ!選手を潰す気か!そんなの自分で考えて分かるだろ!」

 こうして私の苦悩は日々深くなるのである。日本の外務省は弱腰だ、と世間でよく批判されるが、ジムの外務省役である私には、彼らお役人の心情はよく理解できる。組織において交渉窓口を務める人間は、絶えず板挟みにあって、弱腰になってしまう宿命にあるのだ。

 しかし、自分が、マネージャーという名のもとに、選手の立場に100%立っていたつもりが、そうやって知らず知らずのうちに100%ではなくなっているのに気付くと愕然とする。私がジムに入った頃から比べると、残念ながら選手と私の間の距離は徐々に大きくなっている。これは確かである。選手の方でも直感で、「この人は完全に味方してくれるわけではない」と悟ってしまうところがあるのだろう。この溝は簡単に埋まるものではない。

 では弱腰マネージャーに代わって、100%ボクサーの味方をするのは誰か。と言うと、それは先程の例で分かる通り、トレーナーなのである。ボクサーが会長やマネージャーに面と向かって主張しにくいことを、トレーナーだけは理解し、それを伝えることが出来る。

 「対戦相手を誰にするか」、「契約ウエイトをどうするか」…。マネージャーは、ジム同士の付き合いやしがらみから、不利な話を持ってくるかもしれない。その時、トレーナーこそは強く「NO!」と言えるし、また言わなければならないのである。

 私などは特に未熟なので、選手の利害を守りながら同時に他ジムと上手く付き合っていく、ということを、完璧には出来ない。だからあえて、トレーナーに、「NO」と言う役をお願いしている。私のやろうとすることに対して、足を引っ張って欲しいのである。それが、しがらみに流されやすい自分の性向への歯止めになるからである。

 だからヨネクラジムでは、ある意味、トレーナーの方がマネージャー的である。だが、これこそが役割分担というものだと思っている。トレーナーとマネージャーの間の綱引きから、ジム内に緊張感が生まれ、その結果、良いマッチメークが成立すれば良い。むしろ私が独裁者のように勝手に試合を組み出したら、それこそ本当に選手が潰れてしまうだろう。




 プロモーターの視点、マネージャーの視点、そしてトレーナーの視点。様々な立場からのマッチメークがあり、ボクシングはだからこそ奥が深くて楽しい。「ボクシングは麻薬だ」とはボクサーにだけ当てはまる言葉ではない。マネージャーたるこの私も、ボクシングの不思議な魅力から離れられないのである。



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